中国、梁(りょう)代の学僧。住した寺の名から光宅(こうたく)ともいう。僧旻(そうみん)、智蔵(ちぞう)とともに、梁の三大法師の一人。俗姓は周氏。義興陽羨(ぎこうようせん)(江蘇(こうそ)省鎮江(ちんこう)県宜興(ぎこう))の人。7歳のとき鐘山定林(しょうざんじょうりん)寺の僧印(そういん)について出家し、『法華経(ほけきょう)』を学び、ついで荘厳(しょうごん)寺に移り、13歳のとき僧宗(そうしゅう)(438―496)および僧遠(そうおん)(414―484)に学ぶ。490年ごろ僧柔(そうじゅう)(431―494)の講説を聴き、僧旻、智蔵とともに慧次(えじ)(434―490)について『成実論(じょうじつろん)』や三論を学んだ。497年夏、初めて妙音寺で『法華経』『浄名(じょうみょう)経』を開講して賞賛された。僧俗との交遊も多く、梁の武帝(蕭衍(しょうえん))は光宅寺を創建して法雲を住まわせ、家僧とした。『法華(ほっけ)義記』(現存)、『成実論疏(しょ)』『注大品(ちゅうだいぼん)』などを撰(せん)し、511年の華林園(かりんえん)における『法華経』の講説に際し、天花降下の奇瑞(きずい)を感じた。南京(ナンキン)の雨花台はその旧跡とされる。525年大僧正に任命され、同泰寺(どうたいじ)に千僧会(せんそうえ)を設けた。
[伊藤隆寿 2017年4月18日]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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