仏典。『般若経(はんにゃきょう)』の空(くう)の思想を受け継ぎ、それを在家(ざいけ)主義の立場にたって展開させた大乗経典の一つ。成立は早く、初期大乗経典の部類に属している。2世紀ごろにつくられたのであろう。主人公の在家の居士(こじ)、維摩(維摩詰(きつ))が、出家者である釈尊の高足の弟子たちの思想や実践修行を徹底的に論難して、そのあと真実の真理を教示し、彼らを導く、という構成をもって説かれている。この経のなかの「絶対平等の境地」(入不二法門(にゅうふにほうもん))を説いた第9章は、後世とりわけ注目され、有名である。絶対平等の境地は、ことばもなく、説くことも示すことも認知することもできない境地のことである、と自らの見解を述べたうえで、維摩の考えを問うた文殊菩薩(もんじゅぼさつ)に対して、維摩は黙然として語らなかった、という。ことばによって真理を説くことは、たとえそれがどのように巧妙なものであっても、つねに一つの説明でしかないわけであり、あらゆる対立を超えた絶対平等の境地を偏向なく示しえない。維摩の沈黙はこうしたことをみごとに語っているのであり、それだけに注目されるところとなったのであろう。『維摩経』は空を説いて、とらわれを捨てることを教える経であるが、その本旨は、とらわれを捨てるというそのことが身をもってなされねばならないことを強く訴えようとするところにある。維摩の沈黙もこの点を象徴的に表現したものである。なお、サンスクリット原本は現存せず、3種の漢訳と1種のチベット訳が残っている。
[新田雅章]
大乗仏教経典の一つ。原題ビマラキールティ・ニルデーシャ・スートラVimalakīrti-nirdeśa-sūtra。サンスクリット原典は失われ,チベット語訳と3種の漢訳(支謙訳,クマーラジーバ訳,玄奘訳)が現存する。一般に用いられるのはクマーラジーバ(鳩摩羅什)訳《維摩詰所説経(ゆいまきつしよせつきよう)》である。中インド,バイシャーリーの長者ビマラキールティ(維摩詰,維摩)の病気を菩薩や仏弟子たちが見舞うが,みな維摩にやりこめられる。文殊菩薩のみが維摩と対等に問答をし,最後に維摩は究極の境地を沈黙によって示す。全編戯曲的な構成のなかに旧来の仏教の固定性を批判し,在家者の立場から大乗の空の思想を高揚した初期大乗仏典の傑作である。中国,日本で広く親しまれ,聖徳太子の〈三経義疏〉の一つ《維摩経義疏》をはじめ,注釈も多い。
執筆者:末木 文美士
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