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湯浅半月 ゆあさ はんげつ

美術人名辞典の解説

湯浅半月

詩人・聖書学者。名は吉郎。群馬県の人。同志社英語学校卒。オペリン大学・エール大学留学編著に『書画贋物語』『京都叢書』がある。昭和18年(1943)歿、86才。

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百科事典マイペディアの解説

湯浅半月【ゆあさはんげつ】

詩人,聖書学者。本名吉郎(よしお)。上野国生れ。同志社英学校卒。渡米してオベリン,イェール両大学に学び,学位を得て帰国。同志社で聖書を講義し,その後図書館関係,牧師などの職につく。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

湯浅半月 ゆあさ-はんげつ

1858-1943 明治-昭和時代前期の詩人,聖書学者,図書館学者。
安政5年2月16日生まれ。同志社英学校卒業時の明治18年旧約聖書題材をとった長詩「十二の石塚」を刊行。24年母校の教授となり,旧約聖書をおしえる。のち京都平安教会牧師,京都府立図書館長。昭和18年2月4日死去。86歳。上野(こうずけ)(群馬県)出身。本名は吉郎(よしお)。

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世界大百科事典 第2版の解説

ゆあさはんげつ【湯浅半月】

1858‐1943(安政5‐昭和18)
明治・大正期のキリスト教詩人,聖書学者。新島襄と同郷で,群馬県安中生れ。本名吉郎。1885年同志社卒業の際自作の史詩《十二の石塚》を朗読し,同年自費出版したことで知られている。これは旧約聖書の《ヨシュア記》から素材を取った,近代文学史で最初の個人詩集である。渡米して神学・ヘブライ語を修め,91年帰国後同志社教授になり旧約聖書の原典訳をライフワークとした。第2詩集《半月集》(1902)には《十二の石塚》の改作《古英雄》を含む21編が収められたが,詩史の展開に遅れたものであった。

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大辞林 第三版の解説

ゆあさはんげつ【湯浅半月】

1858~1943) 詩人・聖書学者。群馬県生まれ。本名は吉郎。1885年(明治18)同志社神学部卒業の年に日本近代詩史上最初の個人詩集「十二の石塚」を刊行。「雅歌」ほか旧約ヘブライ語原典の韻文訳を残す。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

湯浅半月
ゆあさはんげつ

[生]安政5(1858).2.16. 上野,安中
[没]1943.2.4. 東京
詩人,聖書学者。本名,吉郎。 1885年同志社英語学校卒業。卒業の式場で朗読した旧約聖書を題材とする新体詩『十二の石塚』が評判となり,日本最初の近代詩集として同年刊行された。同年渡米,91年エール大学を卒業して帰国,母校の教授となり,聖書学を講じ,1902~03年欧米視察後,京都府立図書館長となり図書館学の普及に貢献した。さらに 21~22年の渡米後,雑誌『劇』を創刊。また旧約聖書『雅歌』のヘブライ語原典からの翻訳を試み,『ヨブ記』『箴言』『伝道の書』を私訳,刊行。代表的詩集に『半月集』 (1902) があり,草創期の新体詩興隆に寄与した。

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