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前田流 まえだりゅう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

前田流
まえだりゅう

平曲の流派名称。江戸時代の平曲において,前田九一検校 (?~1685) を祖とする伝承をいい,波多野孝一検校を祖とする波多野流に対するが,いずれも室町時代の一方 (いちかた) 流の分流。前田検校は,一方流師堂派の松本京一検校門下の高山誕一検校を師とし,保守的な伝承のテキストを用いたが,節付けは改革したといわれる。波多野検校に次ぐ宗匠と称せられ,徳川家光に召されて江戸に住んだ。以後,江戸を中心として全国にその伝承が伝えられた。

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デジタル大辞泉の解説

まえだ‐りゅう〔まへだリウ〕【前田流】

平曲の流派の一。江戸初期に前田検校(のちに総検校)が創始。京都を中心とした波多野流に対し、主に江戸・名古屋で行われた。現行の平曲はすべて前田流。

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世界大百科事典 第2版の解説

まえだりゅう【前田流】

平曲の流派名。流祖一方流(いちかたりゆう)師道派前田検校。江戸時代初期,各種あった平曲の詞章を一方流平曲の大成者明石覚一(?‐1371)の詞章に戻す動きが起こり,山中久一検校はじめ一方検校衆によって〈流布本〉が作られた。このとき同じ師道派の高山誕一検校はこれに反対,師伝を重んじる態度を固守して対立した。高山の弟子前田検校はこの方針を受け継ぎ,京都と江戸で活躍し,彼の率いる一派は前田流と呼ばれるようになった。

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大辞林 第三版の解説

まえだりゅう【前田流】

平曲の流派の一。江戸初期の総検校前田九一を祖とし、江戸・名古屋を中心に行われた。江戸中期に荻野検校がこの流儀の譜本を整えて「平家正節へいけまぶし」を著した。

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世界大百科事典内の前田流の言及

【平曲】より

…生活の安定した盲人たちのあいだでは,ひところのような隆盛はみられなかったものの,平曲は地歌(じうた),箏曲をはじめすべての音曲の基礎として重視され,検校になるための条件として平曲の素養が欠かせなかったため,それまでの伝統がよく守られた。一方流の師道派から出た波多野検校前田検校は,それぞれ波多野流前田流を立て,以後の平曲はこの2流を中心に伝承されていく。波多野流はおもに京都に,前田流は江戸を中心に全国に広まった。…

※「前田流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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