渡月橋(読み)トゲツキョウ

デジタル大辞泉 「渡月橋」の意味・読み・例文・類語

とげつ‐きょう〔‐ケウ〕【渡月橋】

京都市嵐山あらしやま山麓大堰おおいに架かる橋。長さ155メートル。

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精選版 日本国語大辞典 「渡月橋」の意味・読み・例文・類語

とげつ‐きょう‥ケウ【渡月橋】

  1. 京都市西部、嵐山のふもとを流れる大堰(おおい)川にかかる橋。右京区嵯峨から対岸法輪寺(西京区嵐山)に至る橋であるところから、もと法輪寺橋とも御幸橋とも呼ばれた。

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日本歴史地名大系 「渡月橋」の解説

渡月橋
とげつきよう

かつら(大堰川・保津川)に架かる橋で、らん橋ともいう。承和三年(八三六)に僧道昌によって大堰おおい川の修築が行われたが(弘法大師弟子伝)、その時架設されたのに始まるともいう。橋の南に法輪寺があったため法輪寺橋・法輪橋の名もあり、「百錬抄」貞応二年(一二二三)一〇月一六日条に「法輪寺橋供養也」とみえる。また大橋・御幸橋の名もあったといわれ、のち亀山上皇が、くまなき月の渡るに似るとして渡月橋と命名したという。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「渡月橋」の意味・わかりやすい解説

渡月橋
とげつきょう

京都市西郊を流れる大堰(おおい)川(桂(かつら)川)の清流に架かる橋。背後の嵐山(あらしやま)と調和し、優れた風光で知られる。平安初期(9世紀)に架設されたのが始まりといわれ、往時の橋はやや上流に位置していたが、角倉了以(すみのくらりょうい)が1606年(慶長11)大堰川開削にあたって、現在の場所に架橋した。しかし出水の際に破損・流失することが多く、現在の橋は1932年(昭和7)に橋脚鉄筋コンクリートに改めたものである。

織田武雄


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世界大百科事典(旧版)内の渡月橋の言及

【嵐山】より

…山頂には中世の嵐山城跡,東麓には嵯峨の虚空蔵さんといわれる法輪寺,北麓には角倉了以の木像を安置する大悲閣がある。対岸とは渡月橋で結ばれており,一帯は1927年に史跡・名勝に指定された。平安時代から紅葉の名所として知られ,三船祭のような貴族の船遊びの場所でもあった。…

※「渡月橋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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