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渥美清太郎 あつみせいたろう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

渥美清太郎
あつみせいたろう

[生]1892.12.15. 東京
[没]1959.8.20. 東京
歌舞伎,邦楽評論家。郁文館中学校中退。 1911年演芸画報社に入社以来,『演芸画報』『演劇界』を編集し,歌舞伎,邦楽,邦舞などの考証,評論に活躍するとともに演出,作詞なども行なった。主著『歌舞伎狂言往来』『歌舞伎大全』『日本演劇辞典』『邦楽舞踊辞典』『日本舞踊史』など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

渥美清太郎 あつみ-せいたろう

1892-1959 大正-昭和時代の演劇評論家。
明治25年9月9日生まれ。44年演芸画報社にはいる。以後昭和25年まで「演芸画報」およびその後身の「演劇界」を編集。歌舞伎・舞踊・邦楽を研究し,演出もてがけた。昭和34年8月20日死去。66歳。東京出身。青山学院高等部卒。筆名は鈍太郎,今谷久平。著作に「歌舞伎狂言往来」「日本舞踊史」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

あつみせいたろう【渥美清太郎】

1892‐1959(明治25‐昭和34)
歌舞伎・邦舞・邦楽の研究家。筆名鈍太郎,今谷久平など。東京下谷の生れ。青山学院高等部卒業。少年時代から独学で歌舞伎の脚本や資料を研究,1911年(明治44)から雑誌《演芸画報》,その後身の《演劇界》の編集に従事,生き字引といわれる博覧強記によって歌舞伎の啓蒙につとめた。主著に《歌舞伎狂言往来》《日本演劇辞典》《邦楽舞踊辞典》など,編著に《日本戯曲全集》(歌舞伎編・50巻)などがあり,古劇や舞踊で補綴・作詞した作品も多い。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

渥美清太郎
あつみせいたろう
(1892―1959)

演劇評論家。東京・下谷七軒町に生まれる。郁文館(いくぶんかん)中学から青山学院高等部に学び、在学中上野図書館に勤務、歌舞伎(かぶき)台本、劇書に精通した。1911年(明治44)演芸画報社に入り、『演芸画報』を編集、1943年(昭和18)廃刊後はその後身『演劇界』の編集にあたる。博覧強記、速筆をもって知られ、歌舞伎、邦楽、舞踊の研究考証、劇評、演出、作詞に活躍した。著書に『歌舞伎狂言往来』(1951)、『日本演劇辞典』(1944)、『日本舞踊史』(1958)、『邦楽舞踊辞典』(1956)、編著に『大南北全集』17巻(1925~1928)、『歌舞伎狂言傑作集』12巻(1921~1923)などがある。[菊池 明]

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