日本歴史地名大系 「漢陽寺」の解説
漢陽寺
かんようじ
寺伝によれば応安七年(一三七四)大内盛見の時その祈願所として、中国元の
とある。
寺名は用堂が杭州留学中に訪ねた洛陽城の地形にこの地が似るゆえと伝えられ、山号も初めは鶴林山と称したが、七世愚海の時、傷ついた鹿が山門を訪れ、和尚の手当ての礼に数日後玉をくわえて山門に現れたことにちなむとも伝える。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
寺伝によれば応安七年(一三七四)大内盛見の時その祈願所として、中国元の
とある。
寺名は用堂が杭州留学中に訪ねた洛陽城の地形にこの地が似るゆえと伝えられ、山号も初めは鶴林山と称したが、七世愚海の時、傷ついた鹿が山門を訪れ、和尚の手当ての礼に数日後玉をくわえて山門に現れたことにちなむとも伝える。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...