下関市の南東部に位置し、
古代、都との連絡のために烽燧の置かれた地とされる。寛平六年(八九四)九月一九日付の太政官符(類聚三代格)に「応
出雲隠岐等国依
旧置
烽燧
事」として、「諸国置
烽燧
、若有
急速
、則通
達京師
、遠近相応、慎備
警固
」とある。この火の山で焼かれた火は、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...