無布施経(読み)フセナイキョウ

デジタル大辞泉 「無布施経」の意味・読み・例文・類語

ふせないきょう〔フセないキヤウ〕【無布施経/布施無経】

狂言。僧が布施を出し忘れた檀家だんかへ、袈裟けさを忘れたと言って戻ってくるが、施主が布施を僧の懐へ入れると、懐から袈裟が落ちる。

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改訂新版 世界大百科事典 「無布施経」の意味・わかりやすい解説

無布施経 (ふせないきょう)

狂言の曲名。出家狂言大蔵,和泉両流にある。大蔵流の山本東次郎家のみ《布施無経》と書く。毎月のきまりで檀家へ祈禱にきた僧が,読経をすませて別れを告げるが,毎月出るはずの布施が出ない。これが例になっては困ると思い,再三小戻りしては施主に謎をかける。雑談や説法にこと寄せ,〈臥せり過ごして〉とか,〈不晴不晴(ふせいぶせい)の時〉などと執拗(しつよう)に暗示をくり返し,最後に袈裟(けさ)を落としたふりをして,鳥目(ちようもく)ならば10疋ばかりも入る穴に〈伏せ縫い〉がしてあるなどといったのが効を奏して,施主もようやく気がつき,布施を持ってくる。が,僧は体面上すぐ受け取ることもできず,押し問答の末,施主が僧の懐中へ布施を押し込もうとすると,落としたはずの袈裟が出てくる。面目のつぶれた僧は,〈お布施が出ましたらば袈裟まで出ました〉と取りつくろい,恥をかく。登場は施主,僧の2人で僧がシテ。ほとんど動きはなく,最初の読経,次の説法,立ち戻っての伏せ縫い問答と,3段階に独演し分ける。焦慮を重ねてしだいに露骨になる物欲苦心の末得た布施を辞退してみせる虚栄心は,中世における僧侶の貪欲(どんよく)を風刺したというよりは,より普遍的な人間の心に潜む弱点を,ユーモラスに,一抹哀愁をたたえつつ描いた佳作である。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「無布施経」の意味・わかりやすい解説

無布施経
ふせないきょう

狂言の曲名。出家狂言。大蔵(おおくら)流山本家では「布施無経」と表記する。檀家(だんか)での読経を終えた僧(シテ)が帰る段になっても、いつもの布施が出ない。これが例になってはまずいと、説教にかこつけて布施を思い出させようとさまざまにいうが、檀家は気がつかない。僧はいったんはあきらめて帰途につくが去りがたく、袈裟(けさ)を懐(ふところ)に隠して、捜しに戻った体(てい)を装い、鳥目(ちょうもく)(銭(ぜに))が通るぐらいの穴を「ふせ縫い」にしたのが目印などと懸命に気づかせようとする。ようやく察した檀家が布施を出すと、僧は体面を取り繕いなかなか受け取ろうとしない。むりやり僧の懐に押し込むと、袈裟が出てくる。僧の「面目もおりない」で終曲。僧侶(そうりょ)の欲心を痛烈につく作品だが、貧僧の人間味豊かに揺れる心が共感をよぶ。『毛吹草』にもある諺(ことわざ)「布施無い経には袈裟を落とす」(無報酬の仕事には粗略なやり方で応ずる)に着想を得たらしい。

[油谷光雄]

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