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玄賓 げんぴん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

玄賓 げんぴん

?-818 奈良-平安時代前期の僧。
河内(かわち)(大阪府)の人。法相(ほっそう)宗。興福寺の宣教にまなび,伯耆(ほうき)(鳥取県)に隠遁(いんとん)。延暦(えんりゃく)24年桓武(かんむ)天皇にまねかれ病気平癒をいのり,翌年大僧都に任じられるが辞退。大同(だいどう)4年嵯峨(さが)天皇の命で平城(へいぜい)上皇の病気回復を祈願。嵯峨天皇に信任され,隠棲地の備中(びっちゅう)(岡山県)哲多郡の庸米は免除された。弘仁(こうにん)9年6月17日死去。八十余歳という。俗姓は弓削(ゆげ)。

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朝日日本歴史人物事典の解説

玄賓

没年:弘仁9.6.17(818.7.23)
生年:天平6(734)
平安前期の法相宗の僧。河内国(大阪府)の人。俗姓は弓削氏。宣教に学び興福寺に属するが,伯耆国(鳥取県西部)に隠棲。延暦24(805)年桓武天皇の病気平癒を祈るために召還される。翌年に大僧都に任じられたが辞職し,備中国哲多郡(岡山県阿哲郡)の湯川山寺に移り住む。その後,平城上皇の病気平癒のために再び召還され,以後,嵯峨天皇に信任された。弘仁5(814)年に備中国に戻る。玄賓の在世中,同国哲多郡の庸米は免除され,民費は軽減された。晩年に伯耆国に阿弥陀寺を建立したという。行賀らと共に法相六祖のひとりで,興福寺南円堂に坐像が残る。隠遁者,歌人の印象から生まれた伝承が説話集に載る。

(岡野浩二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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大辞林 第三版の解説

げんぴん【玄賓】

〔「げんびん」とも〕
○?~818) 平安時代初期の法相宗の僧。河内の人。弓削ゆげ氏。名利を厭いとって隠遁したがその高徳は歴代天皇に慕われた。法相六祖の一人。
「玄賓僧都そうず」の略。

出典|三省堂
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