[1] 〘名〙
① 夏に着る着物。夏の衣装。《季・夏》
※
古今(905‐914)雑体・一〇三五「
せみのはのひとへにうすき夏衣なればよりなん物にやはあらぬ〈
凡河内躬恒〉」
※俳諧・野ざらし紀行(1685‐86頃)「
卯月の末、庵に旅のつかれをはらすほどに、夏衣いまだ虱をとりつくさず」
② 香木の名。分類は佐曾良
(さそら)。明和年間(
一七六四‐七二)、名古屋花井家の臼が香木の
赤栴檀(しゃくせんだん)であると分かり、「花井臼」と呼ばれた。
家元の蜂谷家を通じて冷泉為村に名を求めたところ、「臼
(うす)=薄」に因んで「夏衣」と命名された。
③ 薫物(たきもの)の名。
※五月雨日記(1479)「薫物之方。〈略〉夏衣。一、沈 四両」
[2] 枕
① 夏の衣は薄いところから「薄し」、または「薄し」と同音を含む
地名「うすゐ」にかかる。
※古今(905‐914)恋四・七一五「蝉の声聞けば悲しな夏衣うすくや人のならんと思へば〈
紀友則〉」
② 夏の衣は単(ひとえ)であるところから、「ひとえ」と同音の「ひとへ」にかかる。
※金葉(1124‐27)夏「我のみぞ急ぎたたれぬ夏衣ひとへに春を惜しむ身なれば〈源師賢〉」
③ 夏の衣を裁(た)つ意で、「裁つ」と同音の「立つ」、およびその複合語や、地名「龍田」にかかる。
※宇津保(970‐999頃)吹上上「夏衣今日たつ旅のわびしきは惜む涙ももるるなりけり」
※金槐集(1213)夏「なつころもたつたの山のほととぎすいつしか鳴かむ声を聞かばや」
※千載(1187)夏・二一九「夏ころもすそ野の原を分け行けば折りたがへたる萩が花ずり〈
顕昭〉」
⑤ 夏の衣を織る意で、「おりはへ」にかかる。
※
拾遺愚草(1216‐33頃)中「夏衣おりはへてほす河波をみそぎにそふる瀬々の木綿幣
(ゆふしで)」
⑥ 「縑(かとり)」の夏の衣の意で、「縑」と同音の地名「かとり」にかかる。
※拾遺愚草(1216‐33頃)上「夏衣かとりの浦の
うたたねに浪のよるよるかよふ秋風」
⑦ 夏の衣を張る意で、「張る」と同音の「春」にかかる。
※千五百番歌合(1202‐03頃)三一一番「なつころも春の
形見をたつた山秋は紅葉の色を染むとも〈
藤原有家〉」
⑧ 夏の衣を着る意で、「着る」と同音の「来て」にかかる。
※
和泉式部集(11C中)上「なつころもきては見えねど我がためにうすき心のあらはなる哉」
⑨ 夏の衣を打つの意で、「打つ」と同音を含む地名「うたしめ山」にかかる。
※
古今六帖(976‐987頃)二「夏ころもうたしめ山のほととぎす鳴く声しげく成りまさるなり」
⑩ 夏の衣の紐の意で、「紐」と同音の「日(ひ)も」にかかる。
※新古今(1205)夏・二六四「おのづから涼しくもあるか夏衣日も
夕暮の雨のなごりに〈
藤原清輔〉」
[語誌](1)(一)①の例は、ほとんど「
古今集」
以後の
和歌に限られる。歌題としては「古今六帖‐五」の「
服飾」にみえるのが古いが、八代集には
用例がない。平安朝歌合でも、現在確認できるのは「長久二年権大納言師房歌合」(
一〇四一)のみで、この他には「永久百首」の歌題となっているに過ぎない。
(2)
夏季の冒頭題としては「
更衣」が常套だったが、「夏衣」は平安後期に至ってその変形として登場したようである。題意は(一)①の挙例の躬恒歌のように、夏衣の「うすき」ことを強調したり、(二)②の挙例の源師賢歌のように、惜春の情を誘発したりするものとして詠まれた。
(3)連俳書では、(一)①の挙例の芭蕉句のようにすべて初夏の季語とし、すがすがしい新鮮さが詠まれる点に主眼が移ってくる。
(4)(二)の枕詞は平安時代以降に登場し、時代が下るに従って、多様なかかり方が現われる。