瑞林寺(読み)ずいりんじ

日本歴史地名大系 「瑞林寺」の解説

瑞林寺
ずいりんじ

[現在地名]美濃加茂市蜂屋町上蜂屋 北方

蜂屋はちや川の平地に北方から臨む山脚にある。臨済宗妙心寺派、龍雲山と号する。本尊聖観音。慶安三年(一六五〇)の瑞林寺書上(当寺蔵)によれば、永正元年(一五〇四)悟渓宗頓の法嗣仁済宗恕が師を開山として創建した。同八年斎藤利隆が下した禁制を所蔵する。寺伝によれば、足利義稙蜂屋柿を献上してかき寺の称号と寺領一〇石を授けられたという。「濃州徇行記」は寺領五〇貫を太閤検地のとき高一〇石に改められたが、慶長八年(一六〇三)の火災で証文焼失し寺領も中絶したとする。

瑞林寺
ずいりんじ

[現在地名]苓北町富岡

富岡とみおか半島のともえ湾側入口の小高い所にある。雲龍山と号し、曹洞宗。本尊釈迦牟尼仏。もとはしろ山にあり、竺乾山龍服りゆうふく寺と称し臨済宗寺院であった。天草島原の乱の兵火により焼失。正保三年(一六四六)代官鈴木重成によって現在地に再建され、飛龍山瑞林寺と改めて曹洞宗になった。開山は一庭融頓。慶安元年(一六四八)志岐しき村のうちに社領一五石を与えられた。「島鏡」に「寺屋舗、長四拾五間、横四拾壱間、此外墓所支配之事」とある。正徳二年(一七一二)火災により客殿・庫裏全焼

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報