生殖器(性器)に対する崇拝で、生殖器のもつ神秘的な力、とくに生殖器により象徴される生産力、豊穣(ほうじょう)力に対する信仰。男性器崇拝と女性器崇拝があるが、両者が対(つい)になって崇(あが)められることが多い。またしばしば性器をかたどった像をつくったり描いたりして崇拝する。歴史的には古く旧石器時代にさかのぼることができ、たとえばオーリニャック期の女性裸像は乳房、腹部、臀部(でんぶ)が強調され、陰部には裂け目がはっきり表されているが、他の手足、顔など生殖と関係ない部分は省略されている。日本の縄文時代の土偶にも同様の傾向を示すものがある。これらの時代には男性器を表すものは非常に少ないが、古代文明以降になると男根崇拝が際だっている。たとえば古代ギリシアのディオニソス祭、古代ローマのバッカス祭やリベル祭のときには男根が重要な役割を演じている。とくに男根崇拝が発達した地域の一つはインドであり、シバ神の聖なる男根を表すリンガム像が数多くつくられ、信仰の対象となっている。日本でもしばしば石や木でつくった男根が道祖神として祀(まつ)られている。
生殖器崇拝の第一には、直接的にその性力に対するもので、妊娠、多産、安産を願ってなされる。日本では男性器、女性器を模した石が子授け石、子うみ石として子のない女性に拝まれる。正月に新婚の家に木や石の男根形のものを持って行く風習や、小(こ)正月に女の尻(しり)を棒(しばしば男根形をしており、鹿児島県ではハラナンボンという)でたたく風習が各地にある。第二には、自然の生産力に結び付けた崇拝がある。宗教民族学者エリアーデが集めた事例では、多くの社会で大地を女性と考え、生殖行為と農耕を同一視する。そして鋤(すき)を男性器、すき返された畑のうねを女性器とみなしたり、農耕始めのときに畑や田で性行為を模した動作を行う風習が世界各地にみられる。たとえばウクライナ地方では若い夫婦が耕された畑の上を転がされたという。メキシコのマヤ人の一部は、牛の陰嚢(いんのう)でつくった袋にトウモロコシの種を入れ、腰の前に吊(つ)るして種を播(ま)く。種を播くのは男で、精液を放出することを象徴している。日本でも小正月の豊作を願う祝祭や田植のときに男根形のものを使ったり、ひわいな動作をする地方がある。愛知県の田県(たがた)神社の豊年祭では木製の男根像を神幸させる。第三には、悪霊や悪気を祓(はら)う呪力(じゅりょく)をもつものとして性器を崇拝する。女陰が邪視(邪眼)を防ぐという信仰がしばしばみられる。アラビアやトルコでは女陰形の子安貝が邪視を防ぐとされていた。古代ローマのプリニウスの『博物誌』には、女性を裸にして陰部を露出させると害虫が落ちると記されている。日本でも、先に道祖神がしばしば男根形をしていると書いたが、道祖神は村に入ってくる悪霊、悪病を追い払う神である。女性の陰毛が魔除(まよ)け、御守りになるという俗信もよく聞かれる。
[板橋作美]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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