フェティシズム(読み)ふぇてぃしずむ(英語表記)fetishism

翻訳|fetishism

日本大百科全書(ニッポニカ) 「フェティシズム」の意味・わかりやすい解説

フェティシズム
ふぇてぃしずむ
fetishism

宗教学や文化人類学では呪物崇拝(じゅぶつすうはい)あるいは霊物崇拝と訳され、人工物や簡単に加工された自然物に呪力が宿ると信じ、これを崇拝することを示す。また心理学、精神分析学や経済学の分野では、この宗教学上の意味を発展させて、別の概念として使われている。心理学・精神分析学では、異性の身体の一部や関係する物品に対してきわめて強い執着を示し、それを性的満足の契機とすることをいう。また、マルクス経済学では、商品が人間の労働による価値を通じてではなく、それ自体に固有な神秘的な力をもつと考えられて崇拝されることをさす。

[豊田由貴夫]

語源

呪物を示すフェティッシュの語源は、ラテン語の「人工的につくられた」という意味のファクティティウスに由来し、直接にはポルトガル語のフェイティソ(護符、呪物の意)から派生している。ポルトガルでは聖者の遺物や護符、呪符をフェイティソとよんで崇拝する民間信仰があったが、西アフリカの海岸地域で現地住民たちが木、石、歯、爪(つめ)、木片、貝殻などを毛髪などでくるみ、護符のように携帯して崇拝しているのをポルトガルの航海士たちがみて、これらを自分たちの民間信仰と関連させて、同じようにフェイティソとよんだことに基づいている。

[豊田由貴夫]

宗教学・人類学

この用語を初めて比較宗教学の分野に取り入れたのはド・ブロスである。彼はその著『呪物神の崇拝』(1760)でアジア、アメリカ、古代ローマ・ギリシアなど世界の諸地域を考察し、西アフリカ海岸地域の呪物が現地住民にとっては神であり、神聖な物体であり、呪符でもあることに注目し、古代エジプトの動植物の崇拝(猫、牛、山羊(やぎ)、麻、豆など)と比較対照し、エジプト人も個人の守護霊をもっていたとして組織的に研究を行った。そしてフェティシズムを単に西アフリカ一地域に限ることなく、広く他の社会にも適用することを提唱した。ド・ブロスはフェティッシュ(呪物)を人工物よりもむしろ自然物の中心にみいだしているが、こののち、フェティッシュの概念が広く使用されるようになり、比較宗教学にフェティシズムの概念が適用されてからは、これを宗教の発展段階の一部としてみる傾向が現れるようになった。へーゲルはフェティシズムを自然宗教の一形式とみなしたが、オーギュスト・コントはフェティシズムを多神教一神教へと発展する宗教の最初の段階として位置づけているし、他の宗教学者もまた宗教の起源はフェティシズムにあるとするようになった.
 しかし人類学者のタイラーがフェティシズムをアニミズムの一部としてみる説を主張し、これが一般に受け入れられて以来、フェティシズムを宗教発展の一段階としてみる考えは否定されている。

 フェティシズムの対象であるフェティッシュは、初め、人工物のみを示していたが、その後、自然物にも適用されるようになり、その観念はあいまいとなった。また、死霊精霊など人格的な存在と結び付けて崇拝するのを霊物崇拝、非人格的な力のために崇拝されるのを呪物崇拝として区別される場合もあるが、通常はこの両者を含めて呪物崇拝あるいはフェティシズムとよんでいる。

 ハッドンは、呪物をその本質的特質からさまざまに分類し、呪物はそれが表現する物に似せてかたどることがないのに対し、偶像は神の象徴であってさらに神の容器ではないと判断して、フェティシズムと偶像崇拝とを区別した。しかしフェティシズムを厳密に他の宗教上の概念(自然崇拝、祖先崇拝トーテミズム、偶像崇拝など)と区別するのは困難であり、このことからフェティシズムの用語は濫用ぎみに使用されるようになった。また、宗教研究に物質的な面より信仰体系や儀礼の側面に重点が置かれるようになったこともあり、現在ではフェティシズムの概念は宗教学、人類学の分野では使用されなくなってきている。

[豊田由貴夫]

心理学・精神分析学

心理学や精神分析学では、性愛の対象が異性の存在全体ではなく、その身体の一部(毛髪、手、足、指、耳など。通常は性器は含まない)や、関係する物品(相手の持ち物や身に付けたものなど。たとえば、靴や、靴下、下着、ハンカチなど)に対してとくに強く向けられる傾向をフェティシズムとよぶ。通常の性愛においても異性の身体の一部がその対象になる傾向はあるが、フェティシズムの場合は、身体の一部や関係する物品(これらのフェティシズムの対象をフェティッシュとよぶ)がその異性から切り離され、それ自体が性的満足の契機となる。したがって、それ自体にきわめて強い執着を示し、それなしでは性的満足を得られない場合が多い。この概念はA・ビネによって心理学に適用され、その後、S・フロイトによって理論的に発展させられた。フェティシズムの発生要因としては、幼児期の性的興奮と、特定の対象とが偶然の状況で結び付けられたとする説明や、部分によって全体を象徴する人間の普遍的な認識様式に結び付けた説明などがあげられる。フェティシズムは過去には、節片淫乱(いんらん)症などと訳され、異常性欲、性倒錯の例として示されてきたが、近年、性愛の対象が身体の一部や関係する物品に向けられる傾向は普遍的に存在するとされ、これを倒錯や異常性欲として扱う傾向は弱くなってきている。

[豊田由貴夫]

経済学

マルクス経済学では、宗教学上のフェティシズムの概念を発展させ、「物神崇拝」あるいは「物神性」と訳して経済学上の特定の意味に使用される。マルクスによれば、人間の労働によってもたらされた生産物が商品という形をとると、それが労働による価値を通じてではなく、それ自体に固有な価値を持つ存在として考えられ、人間を精神的にも拘束するようになる。これをマルクスは宗教学上のフェティシズムとの類似から経済学に適用し、商品世界の「物神崇拝」と呼んだ。マルクスによれば、このフェティシズム成立の要因は、商品体系の中心となる貨幣の存在である。この貨幣の存在によって、個々の商品がそれ自体、価値を持つかのように考えられるからである。

[豊田由貴夫]

『古野清人著『原始宗教の構造と機能』(1971・有隣堂)』『吉田禎吾著『呪術』(講談社現代新書)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フェティシズム」の意味・わかりやすい解説

フェティシズム
fetishism

呪物崇拝。元来は宗教学の用語で,アニミズムと区別して,自然物,人工物を問わず持ち運びのできるような手頃な物体の崇拝を意味する。語源は呪具,護符などを意味するポルトガル語フェティシュ feticheに由来する。転じて,フェティシズムは性的倒錯の一種をさす語としても用いられる。幼児フェティシズムとして,発達期 (1~4歳くらい) には母の着物,体臭などに執着する傾向がある。しかし成人においても究極的な性目的としてこれらへの執着がみられることもあり,アルフレッド・ビネやジグムント・フロイトらによってこのような性倒錯を示す用語として用いられた。これとは別に,カルル・マルクスは,商品の物神的性質として労働生産物が商品として生産されるとき,人間の労働の社会的性質が労働生産物自体の対象的性質として現れるという倒錯した事態の説明にこの語を用いた (→物神性 ) 。

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