改訂新版 世界大百科事典 「田畑輪換」の意味・わかりやすい解説
田畑輪換 (でんぱたりんかん)
一定年数ごとに夏季の水田を水稲作と畑作とに交互に利用すること。すなわち,ある年数の間,主として湛水(たんすい)した水田状態で水稲を栽培した水田において,次のある年数を畑状態として夏作の畑作物を栽培し,次にまた水田に戻すという繰返し方式で,冬作の有無や利用形態は問わない。水田二毛作(夏は水稲,冬は畑作)のような1年以内での利用転換は含まれない。
水田を湛水状態と畑状態とに輪換して作物の生産が順調に行えるように管理することは容易ではない。両者の適切とする条件が相反しているからである。水稲作のためには灌水期間に,田面および水稲茎葉からの蒸発,そして土壌への浸透によって減少する水を補給し,また栽培上の必要に応じて,適時の落水と湛水を可能にするような土壌と水の制御が必要である。他方,畑作のためには,湛水を避け,大量の降雨の場合には迅速に排水して,湿害を受けずに正常に畑作物が生育できるようにするとともに,機械作業が可能な地耐力がなければならない。日本でこれら田畑輪換の前提となる条件を基本的に備えている水田は,農業基盤整備事業によって年々増えてはいるが,まだ全水田面積の3分の1程度である。
土壌の上に水をたたえているかいないか,すなわち還元的であるか酸化的であるかによって,土壌の理化学的性質は基本的に異なってくる。これに対応して土壌中の生物相や雑草の種類,生育相も異なる。したがって,水田状態と畑状態とを輪換すると,そこでの作物生育の環境は極端に変化する。この環境変化を,水利用,土壌養分の蓄積と分解,雑草・病原微生物・センチュウの制御などを通して,当該作物の栽培にとって有利に活用することが,この方式における作物生産技術の根幹である。田畑輪換を行うと水稲,マメ類,ムギ類などは,恒常的な水田,畑におけるよりも増収することが明らかにされている。総耕地面積の過半を水田が占める日本の農業において,田畑輪換は水田総合利用と土地生産力向上の可能性をもった技術として注目されている。しかし過去の実施率は全水田面積の数%止りであった。
歴史上,田畑輪換が最も隆盛を極めたのは,近世中・後期の奈良,大坂を中心とする地域で,水稲とワタを組み合わせた体系である。ワタ作の収益性が高く,また,その地域の全水田で水稲作を行うには用水が不足して一部の水田を畑地利用せざるを得なかったことが,水稲-ワタの輪換を成立させた。この方式は河内,和泉,摂津そして瀬戸内沿岸の水田用水不足地帯に広がった。奈良盆地では水田の3分の1にまで及んだ。しかし,溜池築造による用水確保が進み,また低廉な輸入綿に押されて幕末以降衰退し,1887年ころには消滅してしまった。その後,奈良盆地ではスイカ,ナスがワタに代わったが,1960年以降はわずかしか行われていない。その他,富山県砺波(となみ)地方のような積雪・水田単作地帯において,透水性が高い土壌条件を生かした自家用野菜作りから出発した水稲-野菜の田畑輪換が見られる。また,第2次世界大戦後北海道において,低温による水稲の不安定性を補い,地力培養をはかり,水田酪農を成立させるための水稲-牧草の体系が試みられた。最近では水稲生産過剰を契機として水田の畑利用が進められているが,田畑輪換は少ない。
世界各地の稲作地帯でも田畑輪換が行われている。イタリアでは牧草との組合せ,熱帯・亜熱帯アジアではトウモロコシ,サトウキビ,マメ類などとの組合せが多い。
執筆者:塩谷 哲夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報