液体,または固体の表面から気化が起こる現象。ただし固体の場合は昇華と呼んで区別するのがふつうである。液体からの蒸発は,沸点以下の温度で起こり,気相の圧力(蒸気圧)が一定の値(飽和蒸気圧)になるまで続き,そこで気相-液相平衡に達する。温度が沸点に達すると,液体内部からも気化が起こるが,これは沸騰と呼ばれる。昇華の場合,飽和蒸気圧に当たるものは昇華圧と呼ばれる。固体の場合は沸騰に対応する現象はほとんど見られない。コップに水を入れて,常温で十分に広い空間に放置すると,水がすべて蒸発してしまうが,これは気化した蒸気が広い空間に広がって,圧力が飽和蒸気圧に達しないからである。蒸発に際しては,物質は周囲から潜熱(蒸発熱,または気化熱という)を吸収する。夏の暑い日に水をまくと涼しくなるのも,蒸発の際に周囲から熱を奪うためである。なお,常温での急速な蒸発を揮発と呼ぶこともある。
執筆者:小野 嘉之
化学プロセスを構成する単位操作の一つとしての蒸発は,混合溶液(固体を含んでもよい)から溶剤を蒸発させ,溶質を濃縮,あるいは結晶析出させる操作である。蒸発を行う装置を一般に蒸発缶と称しているが,目的に応じて結晶析出を目的とするものは結晶缶などと呼び,濃縮を目的とするものは濃縮器と呼ぶことも多い。蒸発させることがおもな目的と考えられる場合が,狭い意味における蒸発缶の対象となろう。なお,蒸発ということばは,溶媒と溶質の蒸気圧の比が非常に大きく溶質が蒸発しない場合の操作を指している。溶質の蒸発が無視できない場合には,溶媒と溶質の分離を精密に行う必要がある。これは蒸留という別の単位操作になっている。
蒸発操作においては溶媒の蒸発潜熱を供給しなければならないので,熱エネルギーの有効利用を考える必要がある。その場合には,他の工程を含めて総合的に熱エネルギーを有効に利用するシステムを考えればよいのであるが,蒸発缶自身でエネルギーの有効利用を図る場合には蒸発した蒸気を圧縮して昇温し自己の熱源に用いる方法と,多段化して後段になるほど圧力を下げ(沸点を下げ)て,前段よりの蒸気で加熱する方法(多重効用)の二つの方式が考えられる。図にそれぞれの方法を示した。
蒸発の熱源は,炉を用いて得る燃焼ガスおよびスチームが一般的であるが,小規模な蒸発缶に対しては電気加熱によることもあり,また燃料を原料溶液中で燃焼させる液中バーナー法も用いられる。特殊な例としては太陽熱を熱源とする方法も,中東における海水の淡水化プロセスなどで試験的にとり入れられている。
蒸発操作により液を濃縮すると沸点が上昇する。また,沸点上昇は液の深さによる圧力の上昇に起因する場合もある。加熱の際の伝熱推進力として温度差を与えるときに考慮すべき点の一つである。なお沸点が高くなることによって製品の変質などの支障を生ずる場合には,減圧して蒸発することが行われる。
蒸発操作は無機塩類,肥料,染料その他の化学薬品,医薬品,食品などの固体を溶液中から析出させる場合,果汁や乳製品などの濃厚液を作る場合,鹹水(かんすい)や海水の淡水化,さらには廃液を脱水して廃棄物処理を行う場合などに広く応用されている。
→蒸発缶
執筆者:古崎 新太郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
気化が液体の表面からおこる場合が蒸発であり、液体の内部からもおこる沸騰(ふっとう)とは区別する。沸騰は一定の圧力のもとでは特定の温度(沸点)でおこる。つまり飽和蒸気圧と外圧(大気圧など)が等しくなったときにおこるが、蒸発はいかなる温度でもおこる。固体表面からも蒸発がおこるが、こちらはむしろ昇華とよばれることが多い。植物の葉面からの水分の蒸発は、蒸散といわれることもある。
蒸発は表面積が大きいほどおこりやすくなる。しかし飽和蒸気圧のもとでは、蒸発速度と凝縮速度が等しくなるので、差し引き蒸発はゼロとなる(雨の日に洗濯物が乾きにくいのはこのためである)。表面積を大きくし、かつ蒸発面の直上の飽和した空気を除くと、蒸発が速くなることは予測どおりである。水を利用したファンクーラーなどは、このようにして蒸発を盛んにさせて熱を大気から奪うことに努めているのである。
結晶を析出させたり、溶液を濃縮したりするのが必要な化学実験においては、開口部の広い蒸発皿、あるいは結晶皿が用いられる。通常は磁製であるが、ガラス製や石英製のもの、あるいはプラスチックや白金製のものもあり、液性に応じてそれぞれに使い分けている。真空ポンプなどで減圧にすることも有効であり、高温では不安定となるものの濃縮には、減圧下での蒸発濃縮がきわめて有効である。
[山崎 昶]
evaporation 水1グラムの蒸発には580カロリーもの熱を必要とする。このため、地球上の暖かい海面から寒地へと動く空気に含まれる水蒸気は、大量の熱を運ぶことになる。雲ができる際にはこの熱が放出され、空気は昇温し、さらに浮力が与えられる。水面からの蒸発の速さは、水面と、接する空気の蒸気圧差に比例する。蒸発によって水面は冷却され、熱の補給がなければ蒸発速度が落ちる。もし水が深ければ、冷たくなった表面水は沈み、下の暖かい水と入れ替わる。塩分を含んだ海水からの蒸発は淡水に比べてわずかに遅く、雪や氷からの蒸発は、同じ温度であっても水面より小さい。地球表面での蒸発の大部分は海面からと考えられており、いろいろな蒸発量推定が試みられているが、正確な見積りはきわめて困難である。
[篠原武次]
【Ⅰ】液体の表面で液体が蒸気に変化すること.蒸発に際しては液体分子間の凝集力に打ち勝つために外界から蒸発熱を吸収する.外界からの熱の補給がない場合には,液体自身から熱が奪われ液体は冷却する.閉容器中に液体をおくとき,液体は一部蒸発するが,蒸気の圧力が飽和蒸気圧に達するとそれ以上の蒸発は起こらず,液体と蒸気は平衡状態になる.【Ⅱ】蒸発操作は溶液やスラリーから溶媒を蒸気として取り除く操作で,乾燥操作との相違は,蒸発装置内では気化のための熱が溶液や固体の懸濁液などの液に対して外部から加えられる点である.蒸発装置の原理は蒸留装置の缶やリボイラーと同様であるが,蒸気成分の分離を目的としていない点が異なる.蒸発操作においてエネルギーを有効に利用するため,蒸発装置を複数個直列に並べて使用する蒸発装置の多重効用法,蒸気圧縮法,多段フラッシュ法などが行われている.[別用語参照]蒸発器
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…季節労働,長期出稼ぎ,あるいは集団就職などで郷里を出た者がそのまま行方をくらませることが増えてきたのはこのころからである。60年代後半に流行語となった〈蒸発〉はこの種の家出人に多かった。蒸発とは,まわりの人からみればなんの動機もなしにある日突然姿をくらませてしまうことで,社会構造が複雑になってきた現代社会にあって,情緒的不安・緊張から精神障害をおこしたり,人間関係を嫌悪して逃避的行動に出る者が増えている。…
…民法では住所を離れて長期間帰って来る見込みのない者をいう(民法25条)。たとえば,家出をして所在不明になった者とか,いわゆる蒸発をしてしまった者とか,借金に追われて夜逃げをしてしまった者とかがこれに該当する。不在者が財産を残していたときに,その財産をどのように管理すべきかが法律上問題となる。…
…物質が液体または固体から気体に変化する現象。液体から気体になることを蒸発,固体から気体になることを昇華と呼んで区別することもある。蒸発や昇華は液体や固体の表面からの気化であるが,液体の温度が上がり,圧力で決まる一定の温度(沸点)に達すると,液体の内部からの気化が起こる。…
※「蒸発」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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