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田辺福麻呂 たなべのさきまろ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

田辺福麻呂
たなべのさきまろ

奈良時代の万葉歌人。下級官吏として世を終えたらしい。『万葉集』によると,天平 20 (748) 年造酒司 (みきのつかさ) 令史で,左大臣橘諸兄 (もろえ) の使いとして越中国におもむき,国守大伴家持らと遊宴し作歌している。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

田辺福麻呂 たなべの-さきまろ

?-? 奈良時代の官吏,歌人。
天平(てんぴょう)20年(748)造酒司(さけのつかさ)の令史(さかん)のとき,左大臣橘諸兄(たちばなの-もろえ)の使者として越中(富山県)の大伴家持(おおともの-やかもち)の館におもむき,宴席などでよんだ短歌13首が「万葉集」にある。別に「田辺福麻呂歌集」より長歌10,短歌21首が「万葉集」に採録されており,万葉最後の宮廷歌人とかんがえられる。
【格言など】立ちかはり古き都となりぬれば道の芝草長く生(お)ひにけり(「万葉集」)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

田辺福麻呂

生年:生没年不詳
奈良時代の歌人。下級の官人で閲歴は定かでないが,『万葉集』(巻18)によって,天平20(748)年,左大臣橘家の使者として越中国に赴き,当時国守であった大伴家持の歓待を受けたことが知られる。時に造酒司令史とあり,これは大初位上の位に相当する。『万葉集』に,福麻呂の作とするものと,「田辺福麻呂の歌集中(歌集)に出づ」とされる歌群が残り,後者も福麻呂の作品と認められている。あわせて長歌10首,短歌34首。天平12年に遷都された恭仁の新京を讃える歌(巻6)を作ったことをも勘案すれば,その歌才をもって,遷都の推進者たる橘諸兄の恩顧を蒙っていたと考えられる。大伴家持の陰に隠れがちな観があるものの,『万葉集』末期の代表的な歌人のひとりとしてよい。作風は,おおむね平板だが,修辞性の強い整然とした対句を用い,天平期の好尚を反映して聴覚的な表現を取り入れるなど,長歌にみるべき点がある。<参考文献>橋本達雄『万葉宮廷歌人の研究』,山崎馨『万葉歌人群像』

(芳賀紀雄)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

たなべのさきまろ【田辺福麻呂】

奈良時代の歌人。生没年不詳。《万葉集》によると,748年(天平20),左大臣橘諸兄(たちばなのもろえ)の使者として越中守大伴家持のもとに下り歌を詠む。ときに造酒司(さけのつかさ)の令史(大初位上相当の微官)であった。主要な活躍期は738年ごろから745年ごろまでで短い。作品は福麻呂作と明記するのは短歌13首だが,ほかに《田辺福麻呂歌集》より出ずとある長歌10首と短歌21首とがあって,福麻呂作と認められる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

田辺福麻呂
たなべのさきまろ

生没年未詳。『万葉集』末期の代表歌人。748年(天平20)橘諸兄(たちばなのもろえ)の使者として越中(えっちゅう)(富山県)の大伴家持(おおとものやかもち)のもとに下っている。ときに造酒司(さけのつかさ)の令史(そうかん)(大初位(だいそい)上相当官)。福麻呂作とあるのは短歌13首だが、ほかに『田辺福麻呂歌集』に長歌10、短歌21首があって福麻呂の作と認められる。政権担当者橘諸兄のもとで宮廷賛歌などを歌い、宴席に奉仕している点からして、柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)や山部赤人(やまべのあかひと)の系統を継ぐ最後の宮廷歌人であった。作風は軽快で装飾美に富み、巧妙・華麗だが、概して平板で迫力に乏しい。
 布当山(ふたぎやま)山並み見れば百代(ももよ)にも変るましじき大宮処(おほみやところ)[橋本達雄]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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