生没年未詳。奈良時代の歌人。制作年代の明らかな作品は、724年(神亀1)から736年(天平8)までに限られている。山部氏は、顕宗(けんそう)・仁賢(にんけん)両天皇の受難時代に奉仕した功により、伊豫来目部小楯(いよのくめべのおだて)が山部連(やまべのむらじ)の姓(かばね)を賜ったのに始まる。山林の管理などを職とした地方豪族で、683年(天武天皇12)に改姓して宿禰(すくね)となった。赤人は『万葉集』に長歌13首、短歌37首を残す。笠金村(かさのかなむら)、車持千年(くるまもちのちとせ)とともに聖武(しょうむ)朝の宮廷歌人として活躍したが、長歌は柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)のように長大な作はなく、最大でも二十数句の小長歌にすぎず、一首中のくぎれも少なくない。温雅な感情を景に託して平明に歌うことを得意とした赤人の性格は、長歌より短歌に適していたらしい。もちろん富士山を詠んだ長歌のような佳作もあるし、明日香(あすか)古京をたたえた「朝雲に 鶴(つる)は乱れ 夕霧に かはづは騒く」のような美しい対句もみられるが、主観語を用いず自然を客観的に歌った「ぬばたまの夜のふけゆけば久木(ひさぎ)生ふる清き河原に千鳥しば鳴く」など、行幸従駕(じゅうが)の長歌の反歌に秀作が多い。赤人を叙景歌人とよぶのは、そのような作品によるのであるが、これとは別に観念的な発想のおもしろみを主とする「あしひきの山桜花日並べてかく咲きたらばいたく恋ひめやも」のような作もあり、『古今集』以後の知巧的作風の先駆の性格をもつ。大伴家持(やかもち)が「山柿(さんし)之門」(『万葉集』巻17)とたたえたのは、人麻呂と赤人をさすのであろうといわれ、また『古今集』序に人麻呂と並称されているのも広く知られるところで、後代への影響の大きさを思わせる。
[稲岡耕二]
『清水克彦著『万葉論集 二』(1980・桜楓社)』▽『五味智英著『万葉集の作家と作品』(1982・岩波書店)』▽『神野志隆光・坂本信幸企画・編『セミナー万葉の歌人と作品第7巻 山部赤人・高橋虫麻呂』(2001・和泉書院)』
《万葉集》の代表的歌人。生没年不詳。姓(かばね)は山部宿禰(すくね)。歴史に見えず,身分低い官人であったと思われる。724年(神亀1)聖武天皇即位のころから作歌が見え,736年(天平8)に及ぶが,主要作品は長屋王が政権を掌握していた728年までに集中する。王の庇護を受けた歌人であったらしい。その間,天皇の紀伊,吉野,播磨,難波などの行幸に供奉(ぐぶ)し,多く長歌反歌から成る賛歌を作るかたわら,時期は不明だが,下総,駿河,伊予などにも旅をし,真間手児名(ままのてこな)の伝説や富士山などを詠じている。作品は長歌13首,短歌37首,計50首。作品のあり方から,柿本人麻呂の流れを汲む宮廷歌人であり,行幸従駕のおりに赤人と同行している笠金村(かさのかなむら),車持千年(くるまもちのちとせ)とも同系の歌人で,彼らの後輩であったらしい。長歌は人麻呂と比較され,独創性の不足,迫力のなさがいわれているが,賛歌は先例のある型や表現によるのが当然であり,そのうえで新味を加えようとした。漢詩文盛行の時代を意識して,長歌は整然たる対句を用いており,形式的にきわめて緻密に構成されていて端正なのが特色である。また印象的,美的な自然把握にも見るべきものがある。短歌は先輩歌人高市黒人(たけちのくろひと)の叙景歌を継承して進め,自然を客観的に写実風にとらえて,繊細・優美にして清澄・温雅な作風を示す。自然を深く愛した性情に基づくものであろう。この点で万葉後期の大伴家持らに敬慕されるとともに,その耽美的な自然観は平安時代の歌人にも愛され,影響を与えた。家持は赤人を人麻呂と並べて〈幼年に未だ山柿の門に逕(いた)らず〉と嘆いたが(〈山〉を山上憶良とする説もある),紀貫之もまた《古今集》序で人麻呂と並称してたたえている。近代に至って島木赤彦らの作風や歌論にも強い影響を与えた。〈ぬば玉の夜の更けゆけば久木(ひさき)生(お)ふる清き川原に千鳥しば鳴く〉(巻六),〈春の野に菫(すみれ)摘みにと来しわれぞ野をなつかしみ一夜寝にける〉(巻八)。
執筆者:橋本 達雄
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(芳賀紀雄)
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生没年不詳。奈良時代の歌人。宿禰(すくね)姓。「万葉集」にのべ50首の作品を残す。長歌を中心とした歌人で,とくに巻6には聖武天皇の行幸に従った際の長歌が多く収められている。笠金村とともに聖武朝初年に天武皇統としての意識を強くよびおこす作品群を作った。年次の明らかな作に724年(神亀元)の紀伊国行幸から736年(天平8)の吉野行幸までの歌がある。「吉野讃歌」「富士の山を望む歌」等が有名。
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