甲状腺炎

内科学 第10版 「甲状腺炎」の解説

甲状腺炎(甲状腺)

 甲状腺炎には,大別して急性化膿性甲状腺炎,亜急性甲状腺炎慢性甲状腺炎の3つがあり,慢性甲状腺炎の亜型として無痛性甲状腺炎がある.また,特殊なものとして,妊娠・分娩に関連した分娩後甲状腺炎がある.いずれも原因が異なるので,迅速な診断と適切な治療が必要である.
(1)急性化膿性甲状腺炎(acute suppurative thy­roi­ditis)
定義・概念
 甲状腺の化膿性炎症で,細菌または真菌感染によるまれな疾患である.
病因
 口腔内の細菌や真菌が下咽頭梨状窩瘻(下咽頭と甲状腺を結ぶ先天性の内瘻)を通じ,甲状腺周囲または甲状腺内に達し炎症を起こすものが大半である.小児や若年者に起こりやすい.その他AIDSなどの免疫不全に伴い,感染性の甲状腺炎が併発する.起炎菌は,黄色ブドウ球菌,連鎖球菌,嫌気性菌などである.
臨床症状
 甲状腺罹患部の圧痛と腫脹を前頸部の左側におもに認める.皮膚の発赤と熱感,さらに局所膿瘍形成以外に,発熱などの全身症状や咽頭痛を伴うことが多い.
検査成績
 白血球増加(核の左方移動),CRP増加,赤沈の著明亢進を認める.甲状腺の破壊が高度であれば甲状腺ホルモン一過性に増加する.超音波検査所見は,種々のエコー輝度が混在した不均一かつ辺縁不整の腫瘤像を呈する.
診断・鑑別診断
 甲状腺炎症部を穿刺し,内容液の細菌培養とGram染色を行う.嫌気性菌の場合,ガスが排気されることがある.炎症が消退した後,下咽頭食道造影X線検査で下咽頭梨状窩瘻の存在を証明する.
治療
 急性期には輸液や強力な抗生物質を投与し,全身管理を行う.切開排膿が必要な場合もある.根治には下咽頭梨状窩瘻の外科的閉鎖術を行う.
予後
 根治手術により完治するが,感染源となる基礎疾患への対応が重要である.
(2)亜急性甲状腺炎(subacute thyroiditis)
定義・概念
 ウイルス感染による甲状腺の炎症と考えられ,非化膿性であり,非自己免疫性である点で,急性化膿性甲状腺炎や慢性甲状腺炎と区別される.通常の臨床経過は数カ月程度であり完治する場合が多い.
病因
 流行性耳下腺炎,インフルエンザ,コクサッキーウイルスアデノウイルスEBウイルスなどの上気道感染が先行する場合が多く,ウイルス感染が原因と考えられている.しかし起因ウイルスの同定は成功していない.HLA-Bw35との関連が報告され,遺伝的素因の関与も示唆されている.
疫学
 男女比1:5~10で中年女性に多い.一般にBase­dow病の発生と比較して約10~20%程度の頻度である.発生頻度に季節変動があり,夏と秋に多い傾向がある.
臨床症状
 上気道感染様症状に続き,高熱,全身倦怠感とともに前頸部疼痛,下顎や耳介への放散痛が起こる.前頸部疼痛は自発痛,圧痛,嚥下痛であり,甲状腺の痛みは,一側から他側に移動することがある.甲状腺片葉に結節状腫脹を触れ著明な圧痛がある.甲状腺の破壊により,一過性の甲状腺中毒症状(多汗,頻脈,手指振戦など)が出現する.3~6週間持続した後中毒症状は改善し,一部の症例では機能低下期を経て回復する.
検査成績
 CRP上昇,赤沈亢進が著明で,白血球は正常~軽度増加にとどまる.核の左方移動はない.血中TSH低下,T3・T4(または遊離型 T3・遊離型 T4)の上昇,血中サイログロブリンの上昇を認める.甲状腺関連の抗体は一般には陰性である.放射性ヨウ素やテクネシウムの甲状腺摂取率は著しく低下する.超音波検査では,甲状腺の罹患部に一致して低エコー領域が認められる.
診断・鑑別診断
 細胞診による特徴的な多核巨細胞の検出が確定診断となる(図12-4-17).鑑別疾患として,上気道感染,無痛性甲状腺炎(painless thyroiditis),橋本病の急性増悪,甲状腺腫瘍内出血などがあるが,甲状腺中毒症の場合にはBasedow病と鑑別を要する.亜急性甲状腺炎の診断ガイドラインを表12-4-13に示す.
治療・予後
 軽症の場合には,消炎鎮痛薬のみでも効果的だが,疼痛が強い中等症以上のものには副腎皮質ステロイドを使用する.副腎皮質ステロイドホルモンは非常に有効で,初回量プレドニゾロン20~30 mg相当で数日以内に疼痛が改善する.以後ゆっくりと漸減する.1日2.5~5 mg服用程度で1~2カ月投与して後に中止する.早く漸減・中止すると再燃しやすい.症状が消失し,検査成績が正常化すれば治癒したと判定する.予後は良好であり,通常数週ないし数カ月で全治する.まれに再罹患がある.
(3)慢性甲状腺炎(chronic thyroiditis)
定義・概念
 臓器特異的な自己免疫異常による甲状腺炎で,自己免疫性甲状腺疾患の1つである.橋本策により最初に報告されたため,別名橋本病とよばれる.組織学的には,びまん性甲状腺腫,高度のリンパ球浸潤,濾胞上皮細胞の好酸性変性,間質の線維化を呈する.しかし,甲状腺腫のない萎縮性甲状腺炎(atrophic thyroiditis,または特発性粘液水腫(idiopathic myxedema))も含め,広義の慢性甲状腺炎と臨床診断される.組織破壊が進むと顕性の甲状腺機能低下をきたす.甲状腺機能低下症の原因として最も頻度が高い疾患である.
病因
 遺伝的素因と環境要因などの影響で,甲状腺に対する免疫異常が発症するため,多因子性疾患と考えられている.正確な発症機序は不明であるが,T細胞あるいは細胞性免疫による組織破壊が中心との病態が考えられている.種々の連鎖解析家系調査などがなされているが,明確な責任遺伝子座は明らかでない.
疫学
 思春期以降の女性に多く,加齢とともに増加する.男女比1:10~20である.甲状腺自己抗体の陽性や甲状腺超音波異常によって臨床診断される潜在性や軽症例を含めると,小児約0.1~2%,成人女性の約10%程度と高い頻度である.
臨床症状
 甲状腺腫は一般にびまん性で,初期は比較的弾力性でやわらかいが,次第に固くなる.表面は不整となり,多結節性になることもある.痛みはないが,前頸部圧迫感や違和感を訴えることがある.甲状腺機能は正常の場合が多いが,徐々に機能低下に陥る.逆に約15%が甲状腺濾胞の破壊によって一過性の甲状腺機能亢進症状を呈することがある.
 下垂体,副甲状腺,膵臓,副腎などほかの内分泌臓器の自己免疫疾患を合併することがあり,多腺性自己免疫疾患(polyglandular autoimmune disease)とよばれる.Addison病との合併はSchmidt症候群とよばれる.また,全身性の自己免疫疾患と合併することもある.
 長年にわたる慢性甲状腺炎を基盤として悪性リンパ腫がまれに発症することがある.高齢者において急速な甲状腺腫増大には注意を要する.
検査成績
 甲状腺自己抗体である甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(ミクロソーム抗体)やサイログロブリン抗体が90%以上で陽性になる.半数以上は甲状腺機能正常であるが,潜在性甲状腺機能低下症では血中TSHのみ上昇する.甲状腺における放射性ヨウ素摂取率は多くは正常であるが,末期の機能低下症では低値となる.血中甲状腺ホルモンが低いにもかかわらず,ヨウ素摂取能が残存しているときは,TSH上昇によってヨウ素摂取率が高値になるが,甲状腺内におけるホルモン合成障害(多くは有機化障害)がある場合が多い.甲状腺シンチグラムでは不均一な放射性ヨウ素集積を示すことが多い.超音波検査では,内部構造が不均一で,低エコーレベルの甲状腺を示す.典型例では,血中ガンマグロブリンの増加や赤沈亢進を認める.
診断
 日本甲状腺学会の診断ガイドラインを表12-4-14に示す.厳密な意味での確定診断には病理組織学的所見が必要であるが,実際の臨床においては血清学的検査と超音波診断所見で広義に診断されている.
治療
 甲状腺機能が正常であれば,1年に1回程度の定期検査で経過観察する.明らかな甲状腺機能低下症例では,甲状腺ホルモンの補充療法を行う.ヨウ素の過剰摂取があるときはヨウ素制限を指示する.軽度または潜在性甲状腺機能低下症例では,ヨウ素制限のみで軽快することがある.甲状腺腫が非常に大きい場合は,甲状腺ホルモン補充療法中に甲状腺腫の縮小をみることがある.
(4)無痛性甲状腺炎(painless or silent thyroid­itis),慢性甲状腺炎の急性増悪(acute exacer­bation)
定義・概念
 慢性甲状腺炎の経過中に一時的な甲状腺組織破壊により,甲状腺中毒症を呈することがある.疼痛のないときは無痛性甲状腺炎,疼痛のあるときは慢性甲状腺炎の急性増悪とよばれる.分娩を契機に発生することがあるが,この場合分娩後甲状腺炎(postpartum thyroiditis)とよぶ.
病因
 無痛性甲状腺炎の頻度は明確ではないが,慢性甲状腺炎の経過中にかなりの頻度で一過性に発症していると考えられる.その誘因は不明であるが,原則として血中のTSH受容体抗体は検出されない.甲状腺中毒症は2週間~2カ月続き,多くは短期間で消失する.その後甲状腺機能は正常化を経て低下する.数カ月の機能低下の後に,正常に復することが多いが,まれにそのまま持続的な機能低下になることもある(5%以下).約10%の症例で再発する.
診断・鑑別診断
 甲状腺中毒症の鑑別すべき疾患としてBasedow病があるが,甲状腺ヨウ素摂取率低値が重要な鑑別点である.超音波検査は慢性甲状腺炎を反映して,不均一な低エコーとなる.
治療
 治療は対症療法のみでよく,甲状腺中毒症状が強ければβ遮断薬を投与する.持続的機能低下症になれば甲状腺ホルモンを補充する.
 無痛性甲状腺炎とは別に,慢性甲状腺炎の急性増悪とよばれるまれな病態がある.これは臨床像,検査成績は亜急性甲状腺炎と酷似しているが,重症度の高い場合が多い.急性増悪の誘因や成因は不明である.ともに有痛性甲状腺腫であるが,両者は成因がまったく異なり,甲状腺自己抗体の有無で鑑別される.治療は亜急性甲状腺炎と同様である.[山下俊一]
■文献
Miyauchi A: Thyroid gland; A new management algorithm for acute suppurative thyroiditis. Nat Clin Endocrinol, 6: 424-426, 2010.
Samuels MH: Subacute, silent and postpartum thyroiditis. Med Clin North Am, 96: 223-233, 2012.
Statharos N, Daniels GH: Autoimmune thyroid disease. Curr Opin Rheumatol, 24: 70-75, 2012.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「甲状腺炎」の意味・わかりやすい解説

甲状腺炎
こうじょうせんえん

甲状腺におこる炎症で、多くの場合、甲状腺の腫(は)れ(甲状腺腫(しゅ))を伴う。もっとも多いのは慢性甲状腺炎(橋本病)で、次に多いのが亜急性甲状腺炎(ド・ケルバンde Quervain型)である。

 慢性甲状腺炎は、甲状腺の細胞成分に対する自己抗体ができ、それが甲状腺で炎症をおこすためのいわゆる自己免疫疾患である。男女比は1対15くらいで、はるかに女性が多い。比較的多い病気で、わが国には10万人以上いるものと推定されている。症状としては、多くの場合、甲状腺が全体的に大きく腫れるだけである。したがって、かなり大きくなるまで気づかないことがある。著しく大きくなると、頸部(けいぶ)に圧迫感を生ずることがある。また、硬いために癌(がん)と間違えられることもある。しかし、若い人の場合には、甲状腺腫もあまり大きくなく、しかも比較的軟らかいので、いわゆる単純性甲状腺腫と診断されることもある。このような例は、病理学的には、甲状腺の組織中に散在的に甲状腺炎の所見が認められるので、散在性甲状腺炎ともよばれる。小児甲状腺炎というのも、このような状態である。多くの例では、甲状腺ホルモンの不足状態はおこらないが、長い間放置されると、甲状腺ホルモンの分泌が不足して甲状腺機能低下症の症状を呈するようになることがある。

 診断は専門医師の場合、触診だけでおよその見当がつけられる。検査としては、血中に甲状腺細胞の成分に対する抗体が認められる。治療としては、甲状腺ホルモン剤を服用すれば、多くの例で甲状腺腫が軟らかくなり、小さくなってくる。しかし、服用を中止すると、また大きくなるので、適量を長期間飲み続けなければならない。

 亜急性甲状腺炎は、ウイルスによっておこるものと考えられ、比較的まれなものである。甲状腺が急に硬く腫れて頸部が痛み、発熱する。熱は微熱のこともあれば、40℃くらいに達することもある。甲状腺の腫れはあまり大きくないので、医師が気づかず、ほかの病気と間違えられることもある。しかし、甲状腺を触れてみると、硬くてかなり痛い。放置しても1、2か月から6か月くらいの間に治るが、早く苦痛をとるためには、軽症ならアスピリンか非ステロイド系の消炎剤、症状が激しいときには副腎(ふくじん)皮質ホルモンの服用が著効を奏する。検査では血沈の著明な促進が特徴的である。

[鎮目和夫]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「甲状腺炎」の意味・わかりやすい解説

甲状腺炎
こうじょうせんえん
thyroiditis

甲状腺に起る炎症性疾患で,経過により急性,亜急性,慢性の別がある。また原因によって,特異性と非特異性とに分けられるが,特異性甲状腺炎は,既知の病原体によるもので非常にまれである。非特異性甲状腺炎のうち急性,亜急性のものは原因不明であるが,おそらくウイルスによると考えられている。中年婦人に多いが,予後は良好で,甲状腺部が急にはれて痛むが,1~2ヵ月で完全になおってしまう。副腎皮質ホルモンが有効である。慢性甲状腺炎は青年期以後の女性に多く,感染ではなくて免疫異常による炎症と考えられている。橋本病とリーデル甲状腺腫がある。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

栄養・生化学辞典 「甲状腺炎」の解説

甲状腺炎

 甲状腺の炎症で,急性,亜急性,慢性がある.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の甲状腺炎の言及

【甲状腺】より

…甲状腺機能亢進症を起こす病気はいくつもあるが,日本ではバセドー病が圧倒的に多い。ほかには,甲状腺結節(腺腫)がホルモンを過剰に分泌するプランマー病,炎症による破壊のため蓄えられていた甲状腺ホルモンが血中に流出する亜急性甲状腺炎の病初期,まれに脳下垂体などの腫瘍からの甲状腺刺激ホルモンの過剰分泌,絨毛(じゆうもう)性腫瘍からの甲状腺刺激物質の分泌,さらに甲状腺ホルモン剤の大量摂取による甲状腺機能亢進症がある。甲状腺ホルモンは種々の臓器に働き,その代謝回転を速める。…

※「甲状腺炎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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