日本大百科全書(ニッポニカ) 「発生遺伝学」の意味・わかりやすい解説
発生遺伝学
はっせいいでんがく
developmental genetics
生物の個体発生の過程において、各細胞の中に組み込まれた遺伝子が、いつ、どの細胞で、どのようにして発現するかということを研究する遺伝学の一分野。受精卵の分裂によって生じた多くの細胞は、同じ遺伝子の組合せをもちながら、種々の異なった形や働きをもつ細胞や組織・器官に分化するが、その仕組みを明らかにすることが、主要な研究目標である。このような研究には、発生に異常を示す種々の突然変異を利用して、その現す形質を正常系統と比較することがよく行われる。
ショウジョウバエには、多くの突然変異が存在し、遺伝子相互の連鎖関係がよく研究され、唾腺(だせん)染色体による細胞学的知見なども多く、遺伝学的にはもっともよく研究されてきた材料である。1980年代になって、このショウジョウバエに多数の発生に関与する遺伝子が発見され、これまで遺伝学的に蓄積されてきた知見を使用して、初期発生における体の前後軸や背腹軸の決定、生殖細胞の分化、性決定機構、体節極性など体のパターン形成機構、器官や組織の分化など発生遺伝学的な研究が飛躍的に進められた。多くの新しい遺伝子が次々と発見され、これらの遺伝子のクローニング(特定の遺伝子DNAをウイルスなどのDNAに組み込み、それを大腸菌などの細胞に取り込ませて大量にクローンをつくりだすこと)によるDNA塩基配列の決定、これら遺伝子の発生過程での発現時期と発現場所、異なった遺伝子の相互関係、器官形成、組織分化への作用など、分子・細胞レベルでの研究が進められている。
[黒田行昭]
『芦田譲治他編『遺伝と変異』(1958・共立出版)』▽『クレメント・ローレンス・マーカート他著、吉川秀男監訳、石井一宏訳『現代遺伝学シリーズ 発生遺伝学』(1975・共立出版)』▽『腰原英利著『発生と遺伝子』(1977・東京大学出版会)』▽『土居洋文著『生物のかたちづくり――発生からバイオコンピュータまで』(1988・サイエンス社)』▽『Frank Costantini他編、山内一也・森庸厚監訳『哺乳類初期胚の遺伝子操作――発生工学研究の現状と展望』(1988・近代出版)』▽『堀田凱樹・岡田益吉編『ショウジョウバエの発生遺伝学』(1989・丸善)』▽『ジェラルド・M・エーデルマン著、神沼二真訳『トポバイオロジー――分子発生学序説』(1992・岩波書店)』▽『岡田益吉編『21世紀への遺伝学4 発生遺伝学』(1996・裳華房)』▽『新川詔夫編『ひとの生命の始まり――ヒト初期発生の分子生物学』(1996・メジカルビュー社、グロビュー社発売)』▽『Brigid Hogan他著、山内一也他訳『マウス胚の操作マニュアル』第2版(1997・近代出版)』