相互作用論(読み)そうごさようろん(その他表記)interactionism

最新 心理学事典 「相互作用論」の解説

そうごさようろん
相互作用論
interactionism

相互作用interactionという用語は,二つ以上の変数や存在が互いに影響を及ぼし合うことを意味し,遺伝と環境の相互作用をはじめ,心理学研究の中でも幅広く使用されてきた。関連して,相互作用論という用語も,社会学的な理論の一つとして著名なシンボリック相互作用論をはじめ,多様な意味で用いられているが,本項では,パーソナリティ研究において,人-状況論争をきっかけとして主張された,人と状況の相互作用論について説明する。

【古典的相互作用論】 人間行動の規定因として,人と状況の双方を強調する考え方は古くから存在する。たとえば,ワトソンWatson,J.B.に代表される古典的な行動主義は,環境を個別の刺激に分節化し,刺激に対する反応として人間行動の分析を試みようとする状況主義的立場situationismとみなされるが,スキナーSkinner,B.F.のオペラント行動理論では,生体がもつレパートリーの中からオペラント行動が行なわれ,それによって生じた状況の変化が,引き続き生じる行動を制御すると考える。言い換えれば,行動主義的な考え方も,生体の自発的行動と状況の変化との相互作用によって行動が規定されるという考え方(西川泰夫,1988)へと変質していったとみなすことができる。また,レビンLewin,K.の場理論でも,著名なB=f(P,E)という公式(Bは行動,Pは人,Eは環境で,fは関数)に示されるように,人と状況の双方が行動の規定因となることが指摘されている。レビンは,P=f(E)であると同時に,E=f(P)であることも論じており,生活空間life spaceとして人と状況の関連性を力動的に扱うことの重要性も指摘している。このほか,行動が個々人の認知した心理学的状況によって規定されるとする考え方は,コフカKofka,K.の地理的環境に対する行動的環境や,マレーMurray,H.A.の欲求-圧力理論に基づく主観的な認知としての環境であるβ圧力などの概念でも強調されてきたが,パーソナリティ研究の進展に伴い,しだいに人の行動の説明因として,パーソナリティ特性を中心とする人の側の要因が注目を集めるようになった。

【新相互作用論modern interactionism】 こうした状況を一変させたのが,ミッシェルMischel,W.のパーソナリティ研究批判に始まる論争であった。ミッシェルは『パーソナリティと評価Personality and assessment』(1968)において,当時のパーソナリティ研究の動向に対し,行動の規定因として状況変数が軽視されていることを中心に,行動の通状況的一貫性や特性の内的実在性への疑問,特性評定による行動予測の有用性への疑問などを骨子とする批判を行なった。こうした指摘を受けて,主として特性論を支持する研究者と,ミッシェルの依拠する社会的学習論に基づく考え方を支持する研究者の間に生じた,行動の原因として人の内的要因が重要か外的な状況要因が重要かをテーマとする論争を人-状況論争person-situation debateとよぶ。

 この論争における折衷的立場として注目されたのが,新相互作用論とよばれる考え方である。新相互作用論は,エンドラーEndler,N.S.とマグヌセンMagnusson,D.(1976)により提唱されたアプローチで,人間行動の説明に,人の内的要因と状況要因の複合的な影響を重視する立場であった。新相互作用論の特質は以下の4点にあるとされる。⑴現実の行動は,個人と個人が出会う状況との力動的・連続的・双方向的な相互作用過程として示される,⑵個人はこうした相互作用過程における意図的・能動的なエージェントである,⑶相互作用を個人の側から見れば,認知的・感情的要因が行動の重要な規定因となる,⑷相互作用を状況の側から見れば,状況が個人にとってもつ心理学的な意味が重要な規定因となる。

 エンドラーは不安研究,マグヌセンは発達的縦断研究を中心に,こうした主張の有効性を実証しようとしたが,その試みは必ずしも成功せず,具体的な方法論を欠くとして批判の対象になったが,一方で新相互作用論は,従来からある相互作用的観点を統合的に体系化しようとする研究パラダイム(Magnusson,1988)としての理論的な重要性が認められ,論争の中で一定の役割を果たし,「大部分のパーソナリティ研究者が今では相互作用論者である」(Pervin,L.A.,1989)と評価されるようになった。

【認知感情システム理論】 一方,論争のきっかけを作ったミッシェル(2009)も,人か状況かというゼロサム的な問いかけに疑問を投げかけ,「それぞれに相違をもつ個人やタイプにとって,どのような状況が心理学的に意味をもつのか,またそうした状況はどのような心的表象としてとらえられ,社会行動の表出や,基盤となるパーソナリティ・システムの体制化や活性化を機能させるのか」とする考え方のもとに,状況と人の力動的な相互作用dynamic interchangeや双方向的な相互作用reciprocal transactionを重視するようになった。ミッシェル(1973)はまず人の個人差が,if...then...という状況と行動の安定した結びつきの中に示されると主張した。たとえば,ある人は,Xという状況ならAのように行動し,Yという状況ならBのように行動する。そのパターン(行動指紋behavioral signaturesとよばれる)が安定しているなら,それは人がそれぞれの状況をどう解釈し,どう反応するかについて,心理的に意味のある個人差を示すとされた。こうしたパターンの安定性は,コヒアランスcoherence(首尾一貫性)とよばれている。

 ミッシェルらは,長期にわたる行動観察研究を通じ,コヒアラントなパターンの存在や,それが個々人のパーソナリティの理解につながることを示してきた。さらにミッシェルとショウダShoda,U.(1995)は,状況の解釈の相違が,それに伴って生じる社会-認知変数の活性化・抑制経路の相違を生み出し,それが行動の相違につながるというモデルを提唱している。このモデルは,認知-感情処理システムモデルcognitive affective processing system model(CAPS model)と名づけられており,処理プロセスを構成する社会-認知変数としては,評価,期待や信念,感情,目標,行動スクリプトが想定されている。こうしたモデルによる研究例としては,感情的処理を中心とするホットな処理システムと,認知的判断処理を中心とするクールな処理システムを仮定し,クールなシステムによるホットなシステムの制御を自己制御過程としてとらえるなど,いくつかの興味深い試みが提唱されているが,方法論的な困難さもあって,幅広く定着するには至っていない。

 相互作用論の考え方や人-状況論争に対しては,実りのない時間の浪費であったとする評価も存在するが,パーソナリティ研究に与えた影響は大きいとする考え方が一般的である。また,相互作用に関するアプローチとしては,ここで紹介したほかにも,人,状況,行動のそれぞれについてより詳細なデータを収集し,それらの間の相互作用を検証してゆくべきとするファンダーFunder,D.C.(2009)の主張など,多様なアプローチが展開されており,研究誌で特集が組まれるなど,今日でも活発な論議が続けられている。
〔堀毛 一也〕

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