眼筋麻痺(読み)がんきんまひ(その他表記)Ocular muscle palsy

六訂版 家庭医学大全科 「眼筋麻痺」の解説

眼筋麻痺
がんきんまひ
Ocular muscle palsy
(眼の病気)

どんな病気か

 私たちが物を眼で追いかける時には、眼のまわりについている筋肉がはたらきます。これを外眼筋(がいがんきん)といい、水平方向に内直筋(ないちょくきん)外直筋(がいちょくきん)の2種類、垂直方向に上直筋(じょうちょくきん)上斜筋(じょうしゃきん)下直筋(かちょくきん)下斜筋(かしゃきん)の4種類、合計6種類の筋肉がついています。

 これらの筋肉が何らかの理由で動かなくなった状態を、外眼筋運動障害あるいは外眼筋麻痺といい、一般には単に眼筋麻痺と呼んでいます。眼筋麻痺の程度は、軽いものから重いものまでいろいろです。

原因は何か

 大別して、外眼筋自体に障害が起こる場合と、外眼筋を支配している神経の障害によって起こる場合があります。

 外直筋は外転神経、上斜筋は滑車(かっしゃ)神経、それ以外は動眼神経に支配されています。さらに、これらの神経の核は脳幹部(のうかんぶ)にあり、動眼神経と滑車神経の核は中脳に、外転神経は(きょう)というところにあります。それぞれの神経核は、脳幹における中枢に支配されており、その中枢はさらに大脳前頭野の運動領に支配されています。

 したがって、これらの神経のどこの部分が障害を受けても、最終的に筋肉がはたらかなくなって眼筋麻痺が起こります。

 たとえば、神経と筋肉のつながりの部分に異常が起こると(神経筋接合部異常)、筋肉への刺激が伝わらなくなって眼筋麻痺になります。代表的な病気として、次項で述べる筋無力症(きんむりょくしょう)があります。これは自己免疫疾患のひとつで、自己抗体が神経筋接合部を攻撃することによって発症します。

 そのほか、神経障害の原因として、多発性硬化症のような炎症疾患が関与する場合、脳腫瘍(しゅよう)眼窩(がんか)腫瘍が神経に圧迫および浸潤(しんじゅん)する場合、神経栄養血管が脳梗塞(のうこうそく)などで障害される場合があります。

 外眼筋それ自体に障害を起こす病気としては、遺伝的に筋肉がはたらかなくなる筋ジストロフィーやミトコンドリアミオパチー、自己抗体が外眼筋を攻撃して起こる甲状腺眼症(こうじょうせんがんしょう)外眼筋炎といった病気などがあります。

症状の現れ方

 私たちの眼は物を見る時、2つの眼で見る力があります。これを両眼視といいます。2つの眼の位置は、物がある位置によってうまく調節されています。

 しかし、何らかの病気で位置合わせがうまくいかないと、物が2つに見えてしまうことになります。これを複視(ふくし)といい、眼筋麻痺でいちばん多い症状です。

 複視の出方は、眼筋麻痺が軽い場合は大きく眼球を運動させた時に生じますが、重症になると正面を向いていても2つに見えるようになることがあります。

 眼筋麻痺は、時には眼の奥の痛みを伴うこともあります。眼瞼(がんけん)(まぶた)のはれや、まぶたが垂れてくる眼瞼下垂(がんけんかすい)を合併することもあります。そのほか、神経の障害の発生部位に応じて、いろいろな神経症状が現れます。

検査と診断

 複視の性状を調べるため、眼科では視診による眼瞼や眼球位置の観察のあと、眼球運動の変化を観察します。両眼を開いた状態で両眼の共同性運動(2つの眼球を同時に動かす運動)をみたあと、単眼での運動を観察します。ここまででおおよそ、どの外眼筋の不全または麻痺があるかわかります。さらに、眼球運動障害を定量的に記録するために、ヘスチャートという検査も行います。

 次に、異常がどこで生じているのかを筋肉、神経の順に観察し、末梢から中枢までの部位を想定し、CTやMRIなどの神経画像検査によって、部位診断から原因診断までを行います。

治療の方法

 眼筋麻痺が炎症性のものとはっきりわかる場合は、ステロイド薬の全身投与が効果的です。非炎症性で腫瘍が原因であれば、外科的処置が必要になります。

 虚血性など、それ以外の原因であれば経過観察になります。4~6カ月の経過観察のあと、なお症状が固定していれば手術による正面眼位の矯正(きょうせい)をします。

 経過観察中に複視が気になったら、プリズムを使った眼鏡矯正をします。しかし、非共同性眼球運動を示す眼筋麻痺ではプリズムが合わない時もあり、片眼遮閉(しゃへい)を余儀なくされることもあります。美容的には、コンタクトレンズによる片眼遮閉も可能です。

病気に気づいたらどうする

 物が2つに見えたら、眼科を受診することをすすめます。単眼での複視なら純粋に眼科の病気ですし、両眼複視なら、その原因診断を行う必要があります。

 まず原因を絞り込んでから、原因別に専門医の紹介を受けるとよいでしょう。

松下 賢治

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

家庭医学館 「眼筋麻痺」の解説

がんきんまひ【眼筋まひ】

 眼球は、外眼筋(がいがんきん)という筋肉の収縮によって動きます。外眼筋は腕や脚(あし)などの筋肉と同じ随意筋(ずいいきん)で、外側に動かす外直筋(がいちょくきん)、内側に動かす内直筋(ないちょくきん)、上方に動かす上直筋(じょうちょくきん)と下斜筋(かしゃきん)、下方に動かす下直筋(かちょくきん)と上斜筋(じょうしゃきん)の6つの筋肉で構成されています。これらの筋肉は脳神経(外転(がいてん)神経、動眼(どうがん)神経、滑車(かっしゃ)神経)によって支配され、さらに大脳(だいのう)という中枢(ちゅうすう)でコントロールされています。
 これらの筋、神経のなんらかの障害によっておこるのが眼筋まひです。障害された筋が受けもっている作用方向に眼球を動かすことができなくなり、複視(ふくし)(コラム「複視」)が生じます。また、それ以外の正常な筋によって眼球の偏位(位置のずれ)が生じます。これが斜視(しゃし)(「斜視」)です。
 原因としては、外眼筋自体の障害、脳神経の障害または脳幹の障害があります。
 代表的なものをあげると、外眼筋自体の障害をもたらす疾患には甲状腺(こうじょうせん)疾患、外眼筋炎、筋ミオパチーなどがあります。脳神経の障害をもたらす疾患には腫瘍(しゅよう)、血管障害(糖尿病を含む)、炎症、外傷、重症筋無力症(外眼筋以外の筋が障害されることもある)などが、脳幹を傷害する疾患には腫瘍、血管障害、外傷などがあります。

出典 小学館家庭医学館について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「眼筋麻痺」の意味・わかりやすい解説

眼筋麻痺
がんきんまひ

眼球を動かす筋肉(内側直筋、外側直筋、上直筋、下直筋、上斜筋、下斜筋)やそれを支配する神経(動眼神経、滑車神経、外転神経)の一部または全部に病変がおこり、眼球がある方向に動かなくなったり、また眼球の位置がずれてしまった状態をいう。このとき、麻痺した筋肉によって動かされる方向と反対方向にずれる。眼筋麻痺をおこすと、斜視になったり、外界の物体が二つに重なって見える複視になり、位置の誤認をするようになる。原因は脳または脳底の出血、腫瘍(しゅよう)、炎症、外傷、また眼球後方の眼窩(がんか)の炎症、腫瘍、外傷などのほか、重症筋無力症、進行性筋ジストロフィーなどの全身病の初期症状として発病することもある。したがって、詳しい全身検査が必要である。治療には、原因疾患の治療とともに、プリズム眼鏡による複視の軽減、また長期間にわたる麻痺性斜視に対しては手術による眼球の位置矯正を行うことがある。

[箕田健生]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「眼筋麻痺」の意味・わかりやすい解説

眼筋麻痺
がんきんまひ

複視」のページをご覧ください。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の眼筋麻痺の言及

【眼筋】より

…なお,これらの内眼筋,外眼筋のほか,上まぶたを引き上げる上眼瞼挙筋も眼筋に含まれる。
[眼筋麻痺ocular muscle palsy]
 眼筋が麻痺すると,両眼の共同運動や輻湊がスムーズに行えなくなり,一つのものが二つに見える複視diplopiaが起こる。眼筋麻痺には先天性のものと後天性のものがあるが,先天性の場合,複視に気づくことはまれで,ふつうはそれまで異常がなかった眼に,後天的に眼筋麻痺が起こって気づく。…

【複視】より

…両眼複視は〈両眼視〉の異常で起こり,最もしばしばみられるのは,眼筋や神経の異常のために眼球の運動が悪くなり,眼の位置にずれを生じて斜視となる場合である。このような斜視を麻痺性斜視とか眼筋麻痺という。単眼複視は外傷後にみられることが多く,〈水晶体脱臼〉といって水晶体の位置がずれると,瞳孔から水晶体を通って入る光と水晶体を通らないで入る光の2種類の光が目の中に入ることになり,二つに見える。…

※「眼筋麻痺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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