男性の生殖器官の中心となる部分で、精子を産生する器官。人体解剖学名では精巣とよぶ。俗称できんたま(金玉)ともよぶが、これは生(いき)の玉(たま)の上略音便であるという(『大言海』)。また、ラテン語学名のTestisは証人、目撃者の意で、男性であることの証拠ということから睾丸に用いられたという。なお、哺乳(ほにゅう)類の睾丸については、「精巣」の項を参照されたい。
ヒトの睾丸は、恥骨結合の下で下垂する陰嚢(いんのう)の中にあり、2~3層の被膜に包まれた左右1対の器官である。形はやや圧平された上下に長い楕円(だえん)体状で、長軸5センチメートル、厚さ2センチメートル、横幅3センチメートルほどの大きさで、重さは約8~8.5グラムである。普通には、左側睾丸が右側より低く下垂している場合が多い。全体としてやや弾力性のある硬さであるが、睾丸の実質は白膜(はくまく)とよばれる結合組織性の厚い被膜で覆われる。この白膜は睾丸の後縁で肥厚して半球状の組織塊として睾丸実質内に突出しており、睾丸縦隔(精巣縦隔)という部分を形成している。睾丸縦隔からは睾丸実質内に放射状に出る薄板があり、これが中隔となって睾丸実質内を200~300個ほどの小区画(睾丸小葉、あるいは精巣小葉)をつくっている。この小葉内に微細な曲精細管(精細管)が迂曲(うきょく)充満しており、この管内で精子が産生されている。睾丸小葉内の曲精細管は1~4本ほどで、長く迂曲して存在している。1本の曲精細管の長さは約30~80センチメートル、太さ0.15~0.25ミリメートルほどある。各睾丸小葉内の曲精細管は睾丸縦隔に近づくと1本の短い直精細管となり、これらの直精細管は縦隔内で網状の睾丸網(精巣網)を形成する。この睾丸網からは15~20本ほどの輸出管(精巣輸出管)が出て副睾丸(精巣上体)に入る。副睾丸内の各輸出管は迂曲しながら合流して前後に1本の睾丸体管(精巣上体管)となり、5~6センチメートルほど走ると精管に移行する。
精子を産生している曲精細管は外周に薄い基底板があり、管内腔(ないくう)壁は数層の細胞群が配列している。この数層の細胞系列のなかで分裂増殖が行われ、最終的には精子となるが、その連続的な分化過程の各段階がこの部分においてみられる。つまり、基底板に接して男性原始生殖細胞である精祖細胞が配列し、順次、管中心部に向かって一次精母細胞、二次精母細胞(精娘(せいじょう)細胞)、早期の精子細胞、後期精子細胞と成長し、最後に精子へと変換するわけである。これらの成長過程の細胞群の間にはセルトリ細胞が存在し、発育する精子の保護、支持のほか、栄養供給などに関与する。また、セルトリ細胞は曲精管内の変性細胞の貪食(どんしょく)などの食作用の働きや、アンドロゲン結合タンパクの分泌を行っている。精細管外を埋める結合組織内にはライディッヒ細胞(間細胞、間質細胞)とよぶ細胞があり、男性の第二次性徴の発達をもたらすテストステロンを分泌している。
睾丸の発生は原始生殖細胞として胎生5週目ころに腹腔の後壁に生じる。7週目くらいで未分化ながら精巣となり、胎生3か月から出生までの間に睾丸組織は最初の腰部の位置から陰嚢に移動し、つり下げられる。陰嚢は、睾丸を腹腔内よりも低温に保ち、精子発育を助ける働きをしている。睾丸に分布する睾丸動脈は、第2腰椎(ようつい)の高さで腹大動脈から直接おこるが、これは睾丸原基の発生時の高さにあたる。睾丸動脈は睾丸の下降とともに伸び、鼠径(そけい)管を通って陰嚢内に達し、睾丸の後縁から入るので、後腹壁を長く細く走る動脈となっている。睾丸が下降しない下降不全は新生児の14%にみられるといわれる。また下降が遅れて幼年期に下降する場合もある。下降経路の途中で、とどまるのを停留または潜在睾丸(精巣停留症)という。停留する部位は腹腔内とか鼠径部まであり、さまざまな性的機能障害や合併症が出ることもある。腹筋の一部は陰嚢まで続き挙睾筋(精巣挙筋)という。大腿(だいたい)上部の内側をこすると、挙睾筋が反射的に収縮し、睾丸を引き上げるが、この反射中枢が腰髄(ようずい)にあるため、この検査は脊髄(せきずい)反射の障害の診断法となる。
[嶋井和世]
男の生殖器で,精巣ともいうが,ヒトや哺乳類では睾丸と呼ばれることが多い。俗に〈ふぐり〉〈きんたま〉ともいう。ここではヒトの精巣について述べる。左右1対,陰囊の中にあって,精子を産生,男性ホルモンを分泌する。それぞれソラマメくらいの大きさの扁平な楕円体で,胎生初期には腹腔内にあるが胎生7ヵ月ごろに精管とともに鼠径管(そけいかん)を通って陰囊内へ下降する。白膜tunica albugineaと呼ばれる結合組織性の膜につつまれるが,後縁では白膜は厚くなっており精巣縦隔mediastinum testisと呼ばれる。精巣縦隔から白膜へむけて放射状に精巣中隔が出て,精巣を約250個の小葉にわける。各小葉には1~数本のいちじるしく迂曲して,長さ50~60cmに及ぶ盲管の曲精細管が走り,精巣縦隔に向かう。曲精細管は,精巣縦隔に入るところで直精細管となり,精巣縦隔の中で精巣網となる。曲精細管の中で精子を作り,直精細管,精巣網を経て精巣上体に送る。一方それぞれの曲精細管の間は間質結合組織と呼ばれる疎性結合組織から成り,その中に血管,神経,間細胞(ライディヒ細胞Leydig cell)を含む。間細胞は,男性ホルモンであるテストステロンtestosteronを分泌する。曲精細管の断面を見ると,精細胞と呼ばれる丸い形の細胞が幾重にも重なっている。これは精子形成に至る諸段階の細胞で,外から内に向かって進む。外壁にくっつくのが精原細胞spermatogonium(精祖細胞ともいう),つづいて第1次精母細胞primary spermatocyte,第2次精母細胞secondary spermatocyte(精娘細胞ともいう),精細胞spermatid(精子細胞ともいう),精子の順に発育が進む。これらの細胞は,セルトリ細胞Sertoli cellと呼ばれる丈の高い細胞に接しており,栄養を供給されている。思春期までの曲精細管は精原細胞とセルトリ細胞だけからなるが,思春期に達すると精原細胞が盛んに分裂し精母細胞となる。第1次精母細胞から第2次精母細胞になるときの分裂は減数分裂で,染色体が46個から23個になる。精細胞は分裂することなく精子spermとなる。精子は直精細管へ送られ,精巣網を経て精巣輸出管によって副睾丸(精巣上体)へ運ばれる。
執筆者:藤田 尚男 睾丸の機能異常として,類宦官(かんがん)症,性早熟,男子不妊症などがある。睾丸の奇形として停留睾丸が知られ,陰囊内に睾丸がないものをいう。早期に睾丸を下ろす手術(睾丸固定術)を行う。外傷としては,睾丸脱出症,睾丸捻転がある。睾丸炎は一般感染によるものと,結核,梅毒による特異的炎症とがある。耳下腺炎(おたふく風邪)に睾丸炎を合併することがある。睾丸腫瘍には,精上皮腫(セミノーマ),奇形癌,胎児性癌,絨毛(じゆうもう)上皮癌がある。
執筆者:小磯 謙吉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
字通「睾」の項目を見る。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
「精巣」のページをご覧ください。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…精子をつくる雄の生殖腺。ヒトおよび哺乳類では睾丸と呼ばれることが多い。脊椎動物の精巣原基は,最初離れた所で生じた原始生殖細胞が移動してきて,1対の生殖隆起の表面を覆う形でできる。ついでこの細胞は分裂増殖して生殖隆起内部の結合組織中へ何本もの索状に枝分れしながら入っていく。これを性索sexual cordと呼ぶ。原基の髄質部で枝分れした原始生殖細胞はやがて細長い管状の精細管を形成し,これらの細胞は雄性特有の精原細胞となる。…
… ヒトの性器は性腺(生殖腺)を中心に,これに付属ないし関連する諸器官からなる。すなわち男性では睾丸(精巣)で作られた精子が副睾丸(精巣上体)から精管を経て尿道に運ばれるが,付属腺として精囊や前立腺などがあり,交接器として陰茎がある。女性では卵巣とそこで作られた卵子を運ぶ卵管と,受精卵を育てる子宮,交接器としての腟などがおもな性器である。…
…種子植物の花は全体として生殖器官に相当する構造であり,おしべや心皮のように生殖器官そのものである部分と,それを取り巻く花被(花弁と萼)やその他の構造で構成されているが,受粉のための機作が設けられているなど,受動的ではあるが生殖のための適応ははっきりと認められる。【岩槻 邦男】 動物の場合には,配偶子形成を行うための生殖腺(性腺)すなわち雄の精巣(または睾丸)と雌の卵巣と,そこでつくられた配偶子を排出するための生殖輸管すなわち輸精管,輸卵管である。生殖輸管は多様な分化を遂げ,交尾器官(交尾)や産卵(または出産)器官としての機能をもつにいたる。…
※「睾丸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新