矯正心理学(読み)きょうせいしんりがく(英語表記)correctional psychology

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

矯正心理学
きょうせいしんりがく
correctional psychology

犯罪心理学と深い関連をもつ心理学の一部門。犯罪者非行少年を矯正,再教育して更生させ,健全な市民として再び社会に復帰させることに研究目的をおく。犯罪者を矯正するためには犯罪の動機探究と同時に,その人が再び犯罪を犯さないようにするという一種の教育技術も必要である。したがって犯罪心理学はもちろん,児童,青年,教育,臨床,社会などの心理学の諸部門のみならず,精神医学,社会学など広範な知識を基礎とする分野である。

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矯正心理学
きょうせいしんりがく
correctional psychology

犯罪心理学のうち、犯罪者や非行少年を矯正し、教育しようとすることを目的にする心理学。[編集部]

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最新 心理学事典の解説

きょうせいしんりがく
矯正心理学
correctional psychology

犯罪者・非行少年など逸脱行為を行なった者に対して,処遇によって,その改善更生を図り,健全な社会人として社会復帰させることに寄与することを目的とする心理学の応用領域である。

【矯正心理学の対象】 矯正心理学は,その対象を犯罪者や非行少年(以下,とくに断わらない場合は,犯罪者に非行少年を含む)など逸脱行為を行なった者とする点では,多くの研究者は一致しているが,その課題を①改善更生のための働きかけ(処遇)に限定するか,それとも犯罪者の心理機制や犯罪原因論,犯罪者を処遇する職員の研修等まで含めるか,②矯正施設(刑務所,少年刑務所,拘置所,少年院,少年鑑別所および婦人補導院)内での処遇に限定するか,保護観察や公的機関以外の治療・教育などの社会内処遇community based treatmentを含めるか,といった点では,必ずしも一致していない。

 最も広義には,犯罪者の処遇だけでなく心理機制等も対象とし,処遇に関しては矯正施設内であるか,社会内,NPOや民間による処遇であるかを問わない。この場合は,犯罪心理学との区別が問題となるが,矯正心理学には,プロファイリングなどを含む捜査心理学や裁判心理学は含まれないので,この点に違いがある。そのほかには,①矯正施設に収容されている犯罪者に限定するが,処遇だけでなく心理機制等も対象とする立場,②矯正施設に収容されている犯罪者だけでなく,社会内処遇や民間による処遇を受けている犯罪者を含むが,改善更生のための処遇に限定する立場がある。

 欧米における矯正心理学では,施設内処遇だけでなく,社会内処遇を含む方が一般的である。たとえば,初めて矯正心理学という名称を用いたリンドナーLindner,R.M.とセリガーSeliger,R.V.の『矯正心理学ハンドブックHandbook of Correctional Psychology』(1947)では,判決前の調査や地域社会内の処遇を含んでいる。

 アメリカ矯正心理学会American Association for Correctional Psychology(AACP)は,代表的な矯正心理学に関する学術団体で,1954年からの長い歴史がある。設立以来何回かの名称変更を経て,2004年からはアメリカ矯正および法心理学会American Association for Correctional and Forensic Psychology(AACFP)と改称して活動している。この名称変更からもわかるように,その対象領域は,刑事司法や法執行全般における心理学的実践にまで広がり,対象も犯罪者や非行少年だけでなく,職員への教育にまで及んでいる。

【日本における矯正心理学の歴史と現状】 初期の矯正心理学では,刑事施設(刑務所,少年刑務所および拘置所)における被収容者の管理や彼らの施設への適応を促すという実務的なテーマに興味・関心の中核があった。刑事施設への心理専門職の配置は,1910年代までさかのぼることができ,1935年には東京・府中刑務所に所属する高瀬安貞が『行刑心理学概要 人格考査要領』を著わしている。このように刑事施設で心理専門職が活躍の場を得られた背景には,犯罪者の処遇のモデルとして,犯罪に対する罰として受刑をとらえる応報モデルに加えて,再犯を防ぐための方法として受刑をとらえる改善更生モデルが採用されるようになったことがあるのを忘れてはならない。刑事施設の運用は,現在においても応報モデルを中心とし,一部で改善更生モデルが採用されているというのが実態に近いと考えられるが,理念として受刑者の改善更生の重要性が明治期に認識されていたことは重要である。

 改善更生モデルに基づいて行なわれた矯正心理学的手法が,受刑者の分類であり,分類に基づいた処遇である。分類処遇とは,受刑者の処遇の方針を作成し,処遇を効果的・効率的に行なうための集団編成を指定する作業である。受刑中は,大多数の受刑者は昼は工場内で集団で作業し,夜は集団室で過ごすという集団処遇となるので,適切な集団編成を行なうことが重要になる。心理学的調査に基づいて,受刑者に行なうべき処遇の内容や犯罪傾向が査定され,処遇を行なう際のグループ分けがなされる。わが国における受刑者への改善更生のための処遇は,この分類制度が基本となって行なわれてきた。

 受刑者処遇の歴史を見ると,1872年に制定された監獄則においてすでに改善更生モデルが示されているが,実際に刑事施設の運用に改善更生モデルが導入されたのは,明治後期から大正期にかけてである。昭和に入ると,1931年に仮釈放審査規程が,1933年には行刑累進処遇令がそれぞれ制定され,受刑者の改善更生のために心理学等の専門知識を活用することが定められた。戦後には,1948年に受刑者分類調査要綱が制定され,全国的に統一された分類制度が実施されるようになり,1972年には,従来の内容を一新し処遇の個別化による社会復帰をめざす処遇を推進させることを目的として受刑者分類規程が制定されている。

 1950年代後半から1960年代前半の東京・中野刑務所における心理学専攻者や精神科医による積極的な受刑者処遇は特筆に値する。中野刑務所は,1957年に旧豊多摩刑務所が返還されて誕生した刑務所であり,受刑者に適した処遇方針を立てることと,犯罪性の進んでいない若年の受刑者に対する効果的な処遇方法を開発するという目的をもち,そこでは集団討議など受刑者の改善更生のためのさまざまな処遇が試行され展開された。この当時の中野刑務所の処遇が,必ずしもそのまま発展するかたちで後の受刑者処遇に引き継がれていったわけではないが,心理の専門職による刑務所での積極的な処遇の展開は一つの転換点になったといえる。

 このように一部の矯正施設で華々しい改善更生のための処遇が行なわれていた時期があったが,全体的に見れば,被収容者の改善更生よりは,被収容者の管理や刑務所の秩序維持が優先される時代が長く続いていたことは否定できない。後述の2003年行刑改革会議の提言にあるように,「分類あって処遇なし」と批判される状況は,ごく最近まで続いていた。

 2005年には,明治時代からの法律であった監獄法が改正されて,「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」が成立し,2006年に同法が改正されて「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」(刑事収容施設法)が制定され,日本の犯罪者処遇は一大転機を迎えた。刑事収容施設法では,受刑者の社会復帰に向けた処遇の充実が法律に明記されて,本格的な改善更生のための犯罪者処遇が強く求められるようになり,いっそう矯正心理学への期待は大きくなっている。

 成人に対する矯正処遇と少年に対する矯正処遇が制度的に分化したのは,1923年に旧少年法および矯正院法が施行された時期にまでさかのぼるが,本格的に心理の専門職が活躍するようになるのは,第2次世界大戦後である。連合国の総司令部General Head Quarters(GHQ)の影響により,少年審判所に心理の専門職が配置され,少年鑑別所にも多くの心理学専攻者が採用されるようになった。

 戦後の少年処遇における矯正心理学は,この領域で最も多くの心理学専攻者が所属している少年鑑別所における心理専門職によってリードされてきた。矯正心理学をその主要な研究領域の一つとする日本犯罪心理学会の歴史を見てみると,1960年にその前身である矯正心理学会が発足し,機関誌『矯正心理』が公刊されている。発足当時の矯正心理学会は少年鑑別所に勤務する心理専門職がその中核メンバーであった。1963年に矯正心理学会は,他の関連領域の実務家や研究者を加え,日本犯罪心理学会に発展的に解消されて,現在に至っている。

 少年鑑別所における心理職の主要業務は鑑別classificationとよばれている。鑑別とは,少年鑑別所処遇規則第17条により「少年の素質,経歴,環境及び人格並びにそれらの相互の関係を明らかにし,少年の矯正に関して最良の方針を立てる目的をもって,行わなければならない」とされている。これを具体的に実現するために行なわれた矯正心理学における研究や実践が,新たな心理検査の導入やその非行少年への応用,あるいは非行理論の紹介などであった。したがって,少年矯正における初期の矯正心理学はアセスメントが中心であったが,近年は,矯正施設における処遇場面にも多くの心理の専門職がかかわるようになり,処遇技法の開発やその評価などさまざまな分野での研究や実践が積極的に行なわれている。

 更生保護(犯罪者や非行少年に対する社会内処遇)の中核となる保護観察probationについては,民間人である保護司の力に依存するところが大きい。そもそも,近代の更生保護は,明治時代に民間の篤志家が犯罪者の監獄出獄後の社会復帰を促すことで,犯罪者の福祉の増進と,社会秩序の安定を図ろうとしたことから始まったといわれている。すでに明治時代には,日本各地に釈放者を保護する民間の団体が宗教関係者によって設立されていたが,他方,国の制度として明確に更生保護が位置づけられるには,1939年の司法保護事業法の制定を待たねばならない。

 現行の更生保護の基礎は,第2次世界大戦後,1949年に犯罪者予防更生法の制定によって確立されたといわれる。翌年には更生緊急保護法や保護司法が制定されて,民間における更生保護が法的に整備され,1954年には執行猶予者保護観察法の制定によって,成人犯罪者,非行少年,執行猶予者など,現在とほぼ同様の保護観察の対象が定められた。

 その後,1996年に従来の更生保護施設を法人化する更生保護事業法の施行,1999年の保護司法の一部改正による保護司会や保護司連合会の法定化,2007年の更生保護法による犯罪者予防更生法と保護観察法の整理・統合などが行なわれている。

 保護観察官と保護司は協働して保護観察を実施するとされており,保護観察官は更生保護に関する専門的知識に基づき,保護観察その他の事務に従事し(更生保護法第31条),保護司は保護観察官で十分でないところを補うとされている(同法第32条)。しかし,保護観察官の担当ケース数を考えると,保護観察官が個々の対象者に個別的・専門的にかかわることは,かなり困難であるといわざるをえず,実際,保護観察官自身が個別に治療的・教育的に対応することは,あまり多くない。

【矯正処遇の効果】 矯正心理学は,刑務所での分類と少年鑑別所における鑑別という枠組みを中心に発展してきた。これらの背後にあるのは,矯正施設運営の科学化の要請であり,科学化を実現するのが,対象者の適性に応じた処遇を行なうことで処遇効果が上がるという適性処遇交互作用を基本理念とした分類や鑑別の考え方である。バンブアヒスVan Voorhis,P.(1999)は,マーチンソンMartinson,R.(1974)に代表される矯正処遇は効果がないNothing worksという矯正悲観論に対して,「効果的な矯正処遇が見いだせなかったのではなく,いつでもだれにでも効果がある処遇が見いだせなかったのである」と述べ,さらに「一つのプログラムで,すべての犯罪者あるいは大多数の犯罪者に対して有効なものはない。犯罪者は矯正処遇や処遇環境に対して,それぞれ異なった反応をする」としている。重要なことは,どのような犯罪者にどのような処遇が効果があるのか,すなわちWhat worksという問題意識であり,これはまさに日本の分類や鑑別の考え方と同じものである。

 What worksという考え方は,すでに1960年代にはカリフォルニア州青少年局の応差的処遇differential treatmentに見いだせるし,近年ではアンドリューズAndrews,D.A.とボンタBonta,J.(1994)によって効果的な処遇の三原則が提唱され,リスク原則(再犯リスクの高い犯罪者に密度の濃い処遇を行なう),ニーズ原則(犯罪に関連するニーズを処遇の対象とする),反応性の原則(犯罪者の学習能力やスタイルに合わせて処遇を行なう)に基づくアセスメントや処遇へと発展してきており,これが日本にも取り入れられている。

【矯正心理学と臨床心理学】 矯正心理学は,犯罪者や非行少年の改善更生を,心理学的な立場から図っていくものであるから,臨床心理学からの影響を受けることになるが,矯正場面における臨床心理学的アプローチ(犯罪・非行臨床)と,一般の臨床心理学との間には種々の違いがある。

 川邉讓(2004)は,一般臨床と非行臨床の異同を父性原理と母性原理,個や社会との関係性,価値志向という三つの側面から考察している。川邉は,「(少年院処遇の)中核には法規範の存在があり,それは個人的事情や心理面の諸事情がどうあれ,決して揺らぐことのない絶対的基準がある中で,教育・治療が行なわれることを意味している」と述べたうえで,少年院処遇における父性原理の重要性を指摘し,これこそが一般心理臨床場面にはない少年院処遇の独自性であると主張する。さらに,一般臨床が個対個が中心で私的・任意的な関係であるのに対して,非行臨床は個対個だけでなく,個対社会が重視され,公的・強制的関係にあり,また,一般臨床はクライエント本位の原則を有するのに対して,非行臨床は対象者本人の志向と社会的価値観との調和をこそ重視すると主張する。

 犬塚石夫(2004)は,「矯正心理学は,個々の対象者が抱える問題の理解と解決を目指す実践的な活動を重視する科学であるという意味において,……臨床心理学と多くの特徴を共有していると考えられる」としつつも,他方「矯正心理学の基礎をなす理論や技術の多くは,臨床心理学その他の体系を応用することから出発しているが,すでに述べたように,強制的に選択された多様な問題をもつ人たちを対象とする,限定された場における実践である点からして,臨床心理学が蓄積してきた知見や技術の単純な応用が困難であることはいうまでもないことである」と述べたうえで,シュワーツSchwartz,B.K.(2003)を引用し,一般の臨床活動と矯正心理学の相違点を示している。以下の表に示す。

【矯正心理学の実際】 矯正心理学の中でも,最も重要な領域が,有効な処遇の開発とその妥当な評価である。そこで,それぞれの現状について,前者の例として,成人女子受刑者に対する認知行動療法cognitive behavior therapyを用いた薬物依存離脱指導を,後者の例として少年鑑別所入所少年に対する第3世代リスクアセスメントrisk assessmentを取り上げる。

 福島刑務支所で行なわれている薬物依存離脱指導は,アメリカのマトリクス依存問題研究所が開発したプログラムを法務省矯正局成人矯正課が改訂したものである。このプログラムは,ワークブックとマニュアルを用いた認知行動療法の一つであり,数人程度のグループ単位で行なわれている。1回当たり60分から90分のセッションを全部で12セッション,3ヵ月から6ヵ月の期間で行なうように計画されている。内容は,基礎知識の取得に4セッション,その後,薬物再使用防止スキルのトレーニングに8セッションを割り当てている。福島刑務支所が行なった心理検査を用いた処遇効果の分析では,参加者のストレス対処力,達成動機および自尊感情が上昇し,孤独感が減少するという結果を得ている。

 犯罪に関するリスクアセスメントとは,特定の個人に対して,その人が将来犯罪を犯す恐れがどの程度であるのかを評価し,どのような処遇を行なえば犯罪リスクを減少させることができるのかについて指針を与えることである。森丈弓ら(2011)は,非行少年の再犯リスクを評価する際に,犯罪歴のような変化しようのない要因だけでなく,犯罪に対する肯定的な態度といった処遇によって変化させうる要因をも含めた犯罪に関する第3世代のリスクアセスメントのためのツールを開発し,少年鑑別所入所少年に実施した。その結果,リスクレベルが高い群において少年院での処遇による再犯抑止効果が認められており,リスクレベルに対応した処遇選択の必要性を示唆している。

【矯正心理学の課題】 2003年の「行刑改革会議提言」および2010年の「少年矯正を考える有識者会議提言」において指摘されたことの一つは,これまで分類あるいは鑑別といわれてきた分野のいっそうの充実である。これは矯正の実務の中で発展してきた矯正心理学にとっても重要な課題と考えられる。「行刑改革会議提言」においては,それまでの分類を「受刑者をその基本的特性に基づく類型に分け,それぞれの類型による集団を形成して,これに必要かつ有効な処遇を行うことを目的として分類処遇が行われている。この分類処遇の理念自体は高く評価するべきであり,今後も基本的に維持すべきである」としながらも,一方で,「受刑者の改善更生及び社会復帰の促進という行刑目的を達成する上で,必ずしも有効に機能していたものとは評価し得ず,『分類あって処遇なし』などという批判も加えられている」としている。この提言に基づいて,2006年に刑事収容施設法が制定されている。このような刑務所の改革に伴い,従来の分類を処遇に役立たせることを目的として改訂し,現在は処遇分類として実施されている。さらに,薬物や性犯罪者への処遇などの新たな処遇手法が開発されてきており,今後はその評価や改善などが期待される。

 少年の矯正については,有識者会議は「少年院・少年鑑別所に入院(所)する最近の少年の特性については,……従来にも増して,処遇上特別の配慮が必要な少年が増加していると言える」と述べたうえで,「分類処遇制度を始め少年院の基本的処遇制度等を見直し,効果的な処遇実施体制を確保することにより,処遇上特別の配慮が必要な少年等への適切な対応を図る必要がある」と提言している。刑事施設における処遇制度および少年処遇制度の大幅な見直しの背景にあるのは,矯正職員による被収容者への暴行事件である。このことを踏まえて,いずれの提言においても,職員研修の充実が挙げられている。矯正心理学を広義にとらえれば,この領域においても貢献することが期待される。 →犯罪 →犯罪心理学 →非行 →法心理学 →臨床心理学
〔遊間 義一〕

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