適性処遇交互作用(読み)てきせいしょぐうこうごさよう(その他表記)aptitude-treatment interaction

最新 心理学事典 「適性処遇交互作用」の解説

てきせいしょぐうこうごさよう
適性処遇交互作用
aptitude-treatment interaction

適性とは所与の条件下での学習成果を予測しうる学習者の個人差を指し,処遇とは教授法,学習方法,時間などの操作可能な学習条件を指す。そして学習成果が適性と処遇の組み合わせによる効果として現われることを適性処遇交互作用(ATI)という。行動が引き起こされる条件を明らかにするために人為的に条件を設定し,条件と行動との因果関係や主効果を明らかにすることをめざす実験心理学のアプローチと,知能などの個人差要因の高低と学力検査得点の高低といった変数間の相関関係を明らかにすることをめざす相関研究のアプローチを統合して,クロンバックCronbach,L.J.(1957)が提案した。

 個人差によって適合する教授法は異なるにもかかわらず,教授法研究においては,すべての学習者に対して効果的な万能薬的教授法の開発がめざされ,学習成果に影響を与えうる適性は誤差としてしか扱われてこなかった。一方,適性研究においては一定の学習成果に到達するために必要な適性を明らかにすることに主眼がおかれ,処遇に対しては関心が十分に払われてこなかった。これらの研究のアプローチとは異なり,学習成果に影響を及ぼしうる適性と処遇の両方を研究の俎上に載せることで,個に応じた学習指導を検討する際の方針を提供しうる研究をめざすことが,ATIの教育的意義である。

 ATIの典型的な例を示すと図のようになる。横座標が適性Aの高低,縦座標が学習成果Oの高低,2本の直線が処遇(T1,T2)ごとのOのAへの回帰直線,縦座標の曲線が処遇ごとのOの分布,横座標の曲線が適性Aの分布である。この場合,O1よりO2の方が高いため,処遇の主効果が見られるといえる。また,いずれの直線も右肩上がりであることから,適性の主効果も見られるといえる。しかし,2本の回帰直線の交点を境にして,適性高群においてはT1の方が,低群においてはT2の方がOが高く,適性Aの高低によって処遇Tの効果が異なる。このように回帰直線の交差や非平行性が見られることを交互作用という(並木博,1997)。

 回帰直線の傾きは適性と学習成果の相関に対応しており,T1は適性Aの高低と学習成果Oの高低との相関が高いため適性利用型処遇,T2は相関が低いため適性補償型処遇といえる。また,この場合にはAが高い学習者はT1,Aが低い学習者はT2の方が適合的であるといえる。このように適性によって処遇を切り替えることを適性処遇交互作用に基づく処遇の最適化という。

 ATIでいうところの適性とは,狭義の適性である知能に限定せず,性格,態度動機づけ認知スタイルなどに加えて,性別,社会階層,民族的背景,教育歴といった検査による測定になじまないものまでを含む,学習成果に影響を与えうる個人差要因を指す。

【認知スタイルcognitive style】 認知スタイルとは情報の知覚,体系化,記憶等の様式・方法の個人差のことであり,学習スタイルlearning styleともよばれ,さまざまな概念が提案されている。それらのうち,相当の知見と教育的含意が蓄積されている代表的なものとして,場依存-場独立,分類スタイル,認知的テンポが挙げられる。場依存-場独立とは,問題解決を行なう際に文脈や知覚的情報に左右されるかされないかの傾向のことであり,場依存型の学習者は大局的な判断を,場独立型では分析的な判断を行なう傾向が高いと考えられている。分類スタイルとは,互いに似通った特徴をもつ複数の情報を与えられた際の情報のまとめ方の傾向であり,これには,機能的関係によってまとめる関係型,見た目の類似点によってまとめる分析型,上位概念を用いてまとめる推論型の3種類があると考えられている。認知的テンポとは課題解決の際にかける時間のことであり,時間をかけて誤りが少ない判断を行なう熟慮型と,時間をあまりかけずに判断の結果の誤りが多い衝動型の2種類があると考えられている。最近では,認知スタイルの諸概念を体系的にとらえ,これらの組み合わせが学習成果に与える影響についての検討が試みられている(Schunk,D.H.,2007)。

【ATI研究の知見・問題点・展開】 日本でのATI研究の代表的知見として,有能感に関して知能の高低と評価条件(相対評価,到達度評価)の間に交互作用が見られること(鹿毛雅治・並木,1990),小学生に英語の指導を行なった際に言語性知能の高低と教授法(文法中心の教授法,コミュニカティブな教授法)の間に交互作用がみられること(安藤寿康・福永信義・倉八順子・須藤毅・中野隆司・鹿毛,1992),中学生に対して事前に教科書を読む予習の効果は学習者の意味理解思考の高さによって異なること(篠ヶ谷圭太,2008)などが知られている。しかし,ATI研究において従属変数とされることの多い学習成果は,独立変数として扱われた適性や条件以外の変数に攪乱されて,結果の安定性あるいは再現性に乏しくなることが多い。そのためATI研究自体が減少傾向にある。また,再現性の低さの原因としては,ATI研究で扱われてきた適性は学習成果との関連性が必ずしも高くないことが挙げられる。この問題への対応の例として,トビアスTobias,S.(1976)をはじめとした,処遇を行なう以前の学習成績を適性と位置づけたATI(achievement-treatment interaction)研究の試みも見られるが,適性変数である学習成績の主効果が大きく,処遇との交互作用が検出されにくいという問題もある。

 認知スタイル研究で諸概念の組み合わせ自体を個人差としてとらえることが試みられていることから推察できるように,学習においては単一の適性と数種の教授法の組み合わせが決定的に学習成果に影響を及ぼすというよりも,適性を個人差要因の複合ととらえる方が自然であろう。また,適性の発達も教育の目標とされるべきであるとともに,学校における学習の成果は長期的な視点に立って評価される必要がある。したがって今後は複数の個人差要因の組み合わせとそれらの長期的傾向を適性ととらえるとともに,教授法だけでなく学級規模を始めとした教育条件との組み合わせからなる教育環境を処遇として扱う研究が求められる。これらの課題を克服することで,ATI研究が教育課程全体における教育効果の最適化を促す知見を提供することにつながるといえよう。 →教育評価 →教授学習
〔山森 光陽〕

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