日本大百科全書(ニッポニカ) 「社会的危機」の意味・わかりやすい解説
社会的危機
しゃかいてききき
social crisis 英語
soziale Krise ドイツ語
狭い意味では、価値観の混乱から人々が社会統合に動機づけられず、社会秩序が崩壊しつつある状態をいうが、広い意味では、経済的危機や政治的危機をも含めて、社会全体の構造が解体し崩壊しつつある状態をいう。ドイツの社会学者J・ハバーマスによれば、社会は、その目的に向けての経済的かつ政治的な体制統合と、目的を同定する政治的かつ社会・文化的な統合、すなわち狭義の社会統合とによって初めて維持されるが、体制統合の崩壊が経済恐慌と合理性の危機であるとすれば、社会統合の崩壊が正統化の危機と動機づけの危機である。すなわち、恐慌などによって経済体制が混乱し、政治的問題解決の合理性も失われている状態ではもちろんであるが、この意味での危機がなんとか管理されている場合でも、社会の目的に対する合意が失われ、人々の心や行為がばらばらになってしまえば、正統性と動機づけをめぐる固有の意味での社会的危機が生ずる。
現代資本主義についていえば、ケインズ主義とテクノクラシーによって経済恐慌と合理性の危機がかりに管理されているとしても、体制の正統性についての不信の念と、快楽主義や私生活主義の蔓延(まんえん)などから、社会秩序が絶えず崩壊の危機にさらされているのがその具体例である。こうした固有の社会的危機は、しかし他面で、新しい価値観と生き方を生み出す機会となり、新しい社会秩序の正統性と、それに向けての動機づけの源泉ともなって、社会体制全体の変革の踏み台ともなりうるであろう。
[庄司興吉]
『J・ハバーマス著、細谷貞雄訳『晩期資本主義における正統化の諸問題』(1979・岩波書店)』