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神崎ひで かんざきひで

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

神崎ひで
かんざきひで

[生]1899.6.17. 東京
[没]1985.10.26. 東京
日本舞踊家。上方舞神崎流2世家元。本名堀ひで。1世家元神崎恵舞 (えん) の門弟で,1937年恵舞が坂東三津五郎の推挙のもとに創設した神崎流を,恵舞没後の 51年8月に相続。武原はんと並ぶ,東京では数少ない地唄舞の名手として知られる。代表作は 55年芸術祭文部大臣賞を受賞した『山姥』など。 71年1月家元を門弟の武に譲り神崎秀珠 (ひでじゅ) と名のらせ,宗家となった。神崎流は,ほかに多くの分家家元がある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

神崎ひで かんざき-ひで

1899-1985 昭和時代の日本舞踊家。
明治32年5月17日生まれ。花柳徳太郎に師事し,徳秀と名のる。のち神崎恵舞(えん)に入門。師の没後,昭和26年神崎流2代目家元をついだ。地歌・箏曲(そうきょく)家の米川文子,富崎春昇らと古典の復活に尽力。武原はんとならぶ地唄舞の名手といわれた。昭和60年11月26日死去。86歳。東京出身。本名は堀ひで。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

神崎ひで
かんざきひで
(1899―1985)

上方舞(かみがたまい)神崎流宗家。本名堀ひで。東京・品川に生まれる。6歳で水木歌若の手ほどきを受け、のち花柳(はなやぎ)流を経て23歳で神崎恵舞(えん)に入門。当時恵舞が東京に初めて開いた上方舞の稽古(けいこ)場で修業した。恵舞没後の翌1951年(昭和26)神崎ひでを名のり2世家元となる。早くから箏曲(そうきょく)の米川(よねかわ)文子、地歌の富崎春昇(しゅんしょう)らと組み古曲の復活上演を続け、東京在住の上方舞の名手として活躍。美しい容貌(ようぼう)で、品川に妓籍(ぎせき)があったころはとくに有名であった。格調高い舞で、『鉄輪(かなわ)』『葵上(あおいのうえ)』などに優れる。71年門弟に家元を譲り、神崎秀珠(しゅうじゅ)を名のらせ自身は宗家となったが、絶縁するに至った。同時にひでが分家家元を増やし、今日ではいくつもに分かれている。[如月青子]

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