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神戸事件 こうべじけん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

神戸事件
こうべじけん

慶応4 (1868) 年1月 11日,明治維新の冒頭に,神戸三宮で,備前藩兵の隊列をフランス水兵が横切ったことに端を発した紛争で,外国軍隊が一時神戸中心部を占領するまで発展したが,備前藩士滝善三郎の切腹で解決した事件。従来は,明治維新直後の攘夷衝突事件とされていたにすぎないが,明治政府が幕府に代って列国と対外交渉にあたったのはこの事件が最初であり,これを機に明治政府は,鎖国攘夷の旗を降ろして開国和親のたてまえを世界に公表することになり,国際社会にその存在を認知させることに成功した。しかし実際には明治政府は,発砲命令を下した滝ひとりに本件の一切の責任を負わせ,その犠牲のうえに維新冒頭の危機を切抜けた。

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デジタル大辞泉の解説

こうべ‐じけん〔かうべ‐〕【神戸事件】

慶応4年(1868)1月、神戸居留地で岡山藩兵と外国兵とが衝突・発砲した事件。外国軍の神戸占領に対し、明治政府は発砲藩士を自刃させて解決した。

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大辞林 第三版の解説

こうべじけん【神戸事件】

1868年(慶応4)1月11日岡山藩兵が神戸行軍中、英仏米の兵士と紛争を起こし発砲、負傷者を出した事件。新政府は発砲責任者を切腹させて事件を解決。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

神戸事件
こうべじけん

明治維新期における外国兵との衝突事件。1867年(慶応3)12月20日、岡山藩に摂津国西宮(にしのみや)(兵庫県西宮市)警備の命が出され、家老以下2000の兵が西宮に赴く途中、翌68年1月11日、英・仏兵と紛争を起こし相互に発砲した。しかも駆けつけたイギリス公使パークスにまで発砲したので、岡山藩兵は大事になることを考えて西宮に退き、ただちに新政府に報告。他方イギリス側も、米・仏陸戦隊の応援を得て、神戸の東西両口を抑え、港内停泊中の諸藩艦船を抑留した。対外関係の悪化を恐れた政府は、各国公使にいろいろと陳謝し、かつ家老の家来滝善三郎に責任をとらせて自刃させたので、ようやく事なきを得た。[池田敬正]

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