神経梅毒(読み)シンケイバイドク(その他表記)Neurosyphilis

デジタル大辞泉 「神経梅毒」の意味・読み・例文・類語

しんけい‐ばいどく【神経梅毒】

脳梅毒

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六訂版 家庭医学大全科 「神経梅毒」の解説

神経梅毒
しんけいばいどく
Neurosyphilis
(脳・神経・筋の病気)

どんな病気か

 神経梅毒梅毒スピロヘータ(トレポネーマ・パリドム)に感染後、数年から数十年経過して生じるさまざまな神経症状の総称です。先進国ではペニシリンを主とした抗生剤の進歩とともに比較的まれな病気になりました。しかし、最近ではHIVヒト免疫不全ウイルス)と梅毒の合併例が多くなり、新たな問題として取り上げられています。

 神経梅毒は、髄膜(ずいまく)血管型と実質型に大別されています。髄膜血管型には、髄膜型、脳血管型、脊髄髄膜(せきずいずいまく)血管型があります。実質型には、脊髄癆(せきずいろう)進行麻痺、視神経萎縮(いしゅく)があります。

原因は何か

 梅毒は梅毒スピロヘータによる性感染症で、神経梅毒は梅毒スピロヘータが中枢神経系へ直接侵入して起こります。梅毒の初感染から、数年~数十年経過してから症状が出ますが、神経系に対してどのような直接的な障害が起きたのか、またどのような免疫学的メカニズムが介在するのかはよくわかっていません。

症状の現れ方

①髄膜血管型神経梅毒

 髄膜血管型には髄膜型、脳血管型、脊髄髄膜血管型があります。髄膜型は初感染から数年以内に発症することが多く、頭痛、発熱など急性ウイルス性髄膜炎と同様の症状を示します。また、髄液の流出路を閉塞して水頭症を合併することがあります。

 脳血管型は初期感染から5~30年経過して発症し、脳梗塞(のうこうそく)を生じます。動脈硬化性の脳梗塞と区別することは困難です。脳梗塞発症の数週間前から頭痛や性格変化があることがあり、参考となります。

 脊髄髄膜血管型は横断性脊髄炎を生じ、運動障害、感覚障害、排尿障害を伴います。

②進行麻痺

 脳実質に炎症が波及し神経細胞が脱落した結果、認知障害を示します。記憶障害、判断力の低下、()刺激性(気分が変わりやすく、気短になること)とともに、精神疾患と間違われるような行動異常が問題になります。未治療の時は3~5年で死亡するといわれています。

③脊髄癆

 脊髄癆は四肢や体幹の電撃痛(でんげきつう)、進行性の歩行失調、腱反射(けんはんしゃ)消失、感覚障害、排尿障害などの脊髄障害による症状と瞳孔異常が特徴です。脊髄癆の大部分の人では、瞳孔(どうこう)不同・対光反射の異常が認められます。また、関節の過伸展と変形を起こし、関節の無痛性腫大、いわゆるシャルコー関節を生じます。治療によって進行が停止しても電撃痛や失調症状はなくなりません。

検査と診断

 血中のトレポネーマ・パリドムを分離することは困難であり、梅毒の診断には血清を用いた梅毒検査が重要です。梅毒反応試験には、脂質抗原試験とトレポネーマ抗原試験の2種類があります。

 脂質抗原試験は梅毒感染のスクリーニング検査として、またその結果は臨床症状と相互に関係しあっているので、治療効果の指標として有用です。トレポネーマ抗原試験は鋭敏で特異的な反応であるため、梅毒感染の確認試験として用いられています。

 神経梅毒の診断は、神経梅毒が疑われる臨床症状があること、血清の梅毒反応試験が陽性であり、髄液の細胞数増加およびトレポネーマ抗原試験が陽性であることを確認することによって行われます。

治療の方法

 ペニシリン療法を行います。治療効果の判定には、臨床症状の改善、脂質抗原試験の正常化、髄液細胞数の低下などを指標とします。

病気に気づいたらどうする

 梅毒かどうかの診断はどこの病院でも行えます。神経梅毒が疑われる時は、神経内科脳神経外科、精神神経科などの専門医の診察を受けてください。

綾部 光芳

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

内科学 第10版 「神経梅毒」の解説

神経梅毒(スピロヘータ感染症)

(1)神経梅毒(neurosyphilis)
概念
 神経梅毒とは,スピロヘータの一種であるTreponema pallidum(TP)が神経系へ直接浸潤することにより引き起こされる神経障害である.表15-7-6のように,多彩な臨床症候を示すことが特徴で,なかでも髄膜血管型神経梅毒は神経梅毒の病型で最も高頻度に診断されている.また,近年,不十分な治療により,非典型的な症状を呈する患者も少なくないことに注意する必要がある.
病理
 TPは,通常,感染後3~18カ月以内に神経系に侵入する.早期梅毒(第1期梅毒,第2期梅毒)の時期に25~60%の患者でTPの中枢神経系への浸潤が起きるとされている.初期には髄膜に単核球の浸潤がみられ,この炎症反応が脳実質に及ぶと軸索変性をきたす.さらに髄膜の細動脈に及ぶと梅毒に特徴的な動脈内膜炎を起こし,内膜の閉塞,さらには脳や脊髄の梗塞,脱髄などが発症する.晩期梅毒(第3期梅毒)のなかで進行麻痺の臨床経過はきわめて緩徐である.病理学的には髄膜の炎症反応の後,皮質細血管にリンパ球や形質細胞の浸潤がみられ,それは皮質実質にも波及する.このため皮質神経細胞の変性消失,グリア細胞の増生が起こる.肉眼的にも脳は萎縮が顕著である.脳室は拡大し,その壁面は顆粒状上衣炎とよばれるように砂状の肉芽がみられる.異なる病型の脊髄癆では,髄膜血管の炎症の後,脊髄の後根や後索の変性が起こる.
臨床症状
1)無症候性神経梅毒(asymptomatic neurosyphilis):
血清,髄液中の梅毒反応が陽性で,髄液所見は,細胞増多はリンパ球主体で100 /μL未満,蛋白は100 mg/dL未満が通常である.
2)髄膜血管型神経梅毒(meningeal and vascular neurosyphilis):
髄膜型神経梅毒は,感染後1~2年で発症する.臨床症候は,頭痛,項部硬直,脳神経障害,痙攣および精神状態の変化をきたす.障害される脳神経は,Ⅱ,ⅦおよびⅧが多く,視力障害,聴力低下,耳鳴りおよび顔面神経麻痺を呈する.髄膜血管型神経梅毒は,典型的には梅毒に感染後6~7年後に発症する.特徴は髄膜の広範な炎症と,局所的または広範な,小,中,大血管系の脳動脈障害である.若年成人の中大脳動脈領域の脳梗塞が特徴である.まれに脊髄梗塞を合併する.髄液細胞数はリンパ球主体で10~100/μL,蛋白は100~200 mg/dL程度である.
3)進行麻痺(paretic neurosyphilis):
抗菌薬が普及した現在では進行麻痺の発症はまれであるが,典型的には梅毒の感染から15~20年以上経過した後に発症する.臨床的に精神症状が主体で,立ち振る舞いの異常,易怒性などで発症し,徐々に記憶障害や判断力の低下を呈する.また,神経梅毒に特徴的なArgyll Robertson瞳孔(ARP)を呈する.ARPは,瞳孔は縮小傾向で辺縁不整となり,対光反射は消失するが,近見反射は保たれる.進行麻痺の名称は末期には四肢麻痺を呈することに由来する.
4)脊髄癆(tabes dorsalis):
脊髄癆は,後索の脱髄性障害や後根および後根神経節を含む障害を呈する.梅毒の感染から15~20年経過した後に発症し,主症状は,電撃痛,失調性の歩行障害,尿失禁インポテンツ,腱反射の消失,Romberg徴候陽性などである.電撃痛は,おもに下肢に生じる短時間の激しい疼痛で,脊髄癆の80~90%に認める.また,90%以上に瞳孔異常を認め,その半数はARPである.その他,視神経萎縮,栄養障害によるCharcot関節,内臓クリーゼ,アキレス腱を強く握っても痛みを感じないAbadie徴候などがみられる.
髄液所見・梅毒反応
 梅毒反応には,RPR法,ガラス板法,凝集法など脂質抗原を用いるSTS法(serologic test for syphilis)と梅毒スピロヘータを用いる間接赤血球凝集反応 (Treponema pallidum hemagglutination:TPHA)や蛍光トレポネーマ抗体吸収反応(fluorescent treponema antibody absorption:FTA-ABS)などがある.治療の指標にはSTSが鋭敏であるが,生物学的偽陽性がみられる.FTA-ABSは鋭敏かつ特異度が高い.STSは後期梅毒に,TPHAは初期梅毒に陽性率が低いため,STSとTPHAをスクリーニングとして行い,いずれか一方が陽性であれば必要に応じてFTA-ABSを確認する.
治療
 無症候性でも症候性と同様に治療を行う.第一選択は水溶性ペニシリンGで,1日総量1800~2400万単位の点滴静注を10~14日間行う.ペニシリンアレルギーの患者では代替療法としてセフトリアキソンを投与する場合があるが推奨されておらず,脱感作を行ったうえで水溶性ペニシリンGを投与することが推奨されている.ペニシリン治療の初期に発熱,悪寒などを起こすJarisch-Herxheimer反応がある.[津川 潤・坪井義夫]

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改訂新版 世界大百科事典 「神経梅毒」の意味・わかりやすい解説

神経梅毒 (しんけいばいどく)
neurosyphilis

梅毒トレポネマの感染によって起こる神経系疾患の総称で,(1)無症候型(無症状で髄液のみ異常,約30%),(2)髄膜血管型(約20%),(3)実質型(約50%)に分けられる。(2)には早期型(感染後2年以内に発症)と後期型(感染後4~10年で発症)とがあり,髄膜炎症状を中心とした多彩な症状を呈する。(3)では脊髄癆(ろう)(約30%)と進行麻痺(約15%)が重要で,10年以上の潜伏期の後に発症する。前者では電撃痛,発作性内臓痛,失調歩行,腱反射消失,瞳孔異常などが,後者では人格変化,知能低下,痙攣(けいれん)などが特徴的症状である。

 診断上,臨床症状のほか,血清および髄液の梅毒血清反応が決め手となる。治療はプロカインペニシリンGを1日1回60万単位,総量で1200万~2400万単位を1クールとして行う。(1)は治療によく反応するが,(2)で片麻痺などの局所症状は改善しにくく,(3)も症状が多彩で,治療が遅れると予後不良であるため,早期の診断,治療が重要である。
進行麻痺 →脊髄癆 →梅毒
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「神経梅毒」の意味・わかりやすい解説

神経梅毒
しんけいばいどく

中枢神経系に梅毒のスピロヘータが感染しておこる疾患の総称。スピロヘータは血行で髄液に運ばれ、脳および脊髄(せきずい)の髄膜腔(くう)および血管に沿って広がり、さらに実質を侵していく。この際スピロヘータが、どの場所に病変をおこすかによって症状が異なる。無症状でありながら髄液の検査をして初めて気づく神経梅毒もある。

 髄膜や血管を中心に病変がおこれば髄膜血管型梅毒で、これには、髄膜が広く侵されて髄膜炎の症状を示す型、髄膜の一部に限局した病巣をつくって脳腫瘍(しゅよう)の症状を示す型(ゴム腫)、脳や脊髄の血管を侵して血管閉塞(へいそく)の症状を示す型がある。脳か脊髄か、どちらの症状が強く現れているかによって脳梅毒、脊髄梅毒ということもある。梅毒感染後、髄膜炎型神経梅毒の場合は2年以内、血管型神経梅毒の場合は数年で発病するものが多い。これらに対し、スピロヘータによって脳や脊髄の実質がおもに侵された場合は実質型神経梅毒で、進行麻痺(まひ)と脊髄癆(ろう)があり、潜伏期は10~20年である。

 診断は、髄液の検査で確定される。神経梅毒は、梅毒に感染したときに十分ペニシリンで治療すれば防止できる。ペニシリン療法が行われるようになってから神経梅毒の患者発生数は激減した。神経梅毒自体に対する治療もペニシリン療法が基本で、梅毒の活動性を阻止し、病気の進行を止めることができる。髄膜炎型で感染早期のものでは治癒できる。

[海老原進一郎]

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百科事典マイペディア 「神経梅毒」の意味・わかりやすい解説

神経梅毒【しんけいばいどく】

梅毒病原体のスピロヘータが神経組織を冒すことによって生ずる病気の総称。脳梅毒進行麻痺(まひ),脊髄癆(ろう)などを含む。梅毒の第3期を経て第4期に至る,感染後10年以降に発現。多くは,梅毒の治療の不完全だった場合にかかるとされる。

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世界大百科事典(旧版)内の神経梅毒の言及

【梅毒】より

…よく侵されるのは中枢神経系と循環器系である。中枢神経系では脳脊髄液に病的変化が認められるのみで他の症状のない無症候性神経梅毒のほか,激しい精神障害を示す進行麻痺(いわゆる脳梅毒)や,知覚障害と歩行障害を主症状とする脊髄癆(ろう)が発症しやすい。循環器系では大動脈弁閉鎖不全,胸部大動脈炎,胸部大動脈瘤が起こる。…

※「神経梅毒」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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