梅毒の第4期,すなわち梅毒感染後10~20年を経過して発病するもので,脳実質が梅毒トレポネマにより侵される結果起こる精神病。ワッセルマン反応の発見(1906)により,本病が梅毒と関係することが明らかにされ,次いで1913年野口英世が本患者の脳内に梅毒トレポネマを発見するに及び,本病の原因が確定した。全梅毒患者の約5%に進行麻痺の発現をみる。男女比は4対1くらいである。感染初期の治療が不十分の場合に発病しやすいといわれる。明治末期には精神病院入院患者の約20%がこの病気であったが,ペニシリン療法の普及後,一時期新たな発生はほとんどなくなったが,近年また再出現している。好発年齢は40歳以後であるが,ごくまれに先天性梅毒によって少年期などに出現する若年進行麻痺がある。精神病のなかでは,原因,身体症状,病理所見が明らかになった唯一のものである。治療しないと,3~5年以内に死亡する。
症状としては,精神症状と身体症状が同時に現れる。精神症状の中軸となるものは認知症(知能低下)であるが,初期症状は神経衰弱様で,だらしなくなり,物忘れがひどくなり,話のつじつまが合わなくなる。計算力等も低下する。経過中には多彩な辺縁症状が現れ,抑うつ的になったり,大言壮語するようになったり(躁うつ病様),ときには激しい興奮状態(緊張病様症状)にもなる。また,誇大妄想や被害妄想に幻聴が加わること(幻覚妄想状態)もある。突然,意識混濁が出現したり,痙攣(けいれん)発作や卒中様発作(麻痺性発作)も起こすことがある。身体症状としては,瞳孔の対光反応障害,形状の異常,言語障害(言語蹉跌(さてつ)),腱反射異常,髄液の細胞増加,タンパク質量増加がみられ,梅毒反応は陽性。飲酒,過労,他の身体疾患が発病の誘因となる。病理解剖所見によれば,脳の髄膜の肥厚,混濁,脳室の拡大,大脳前頭葉の萎縮が著しい。組織学的には,脳実質の変性と脳軟膜,血管の炎症性変化で,神経細胞は変質し,グリア細胞で置きかえられる。
なお大脳皮質の限局した部位に病変が局在すると,失語症などの巣症状を呈することがあり,これをリッサウアー型進行麻痺Lissauer paralysisという。進行麻痺には脊髄癆(ろう)が合併することがある。また同じ脳の梅毒性疾患でも脳・脊髄梅毒は本病と区別されている。脳・脊髄梅毒は脳神経や自律神経等を非系統的に侵し,動眼神経麻痺,外転神経麻痺,単麻痺など多彩な症状を呈するが,認知症は軽く,人格のくずれが少ない。
1917年ヤウレックJulius Wagner von Jauregg(1857-1940)が三日熱マラリアによる発熱療法を創案し,本病治療の道が開かれた。発熱療法はその後,各種のワクチン,発熱物質によるもの等に代わったが,44年ペニシリンが梅毒治療に用いられるようになってから,進行麻痺の化学療法による治療が可能になった。しかし,治療時期が遅れれば,病勢の進行を止めることはできても治癒は困難である。一般に,ペニシリン治療により,髄液の細胞増加,タンパク質量増加等は改善されるが,梅毒反応は陰性化しにくい。
→神経梅毒 →梅毒
執筆者:加藤 伸勝
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梅毒に感染後10年以降に発生する変性梅毒の一つで、中枢神経系の変性が原因である。前駆期、旺盛(おうせい)期および末期に分けられており、症状はきわめて多種多様である。前駆期における精神障害としては、記憶力の減退および注意力の欠乏を訴え、抑制力は消失し、道徳観念の減退、さらには性格の変化が生じて、多くの例ではうつ状態になる。また麻痺性発作が発生するが、これは卒中型とてんかん型とに分けられている。このほか言語障害がある。
旺盛期には認知症が進行し、精神状態は全体に冒されて、種々の精神障害を生ずる。手のふるえ、唇や舌などの麻痺による言語および構語の障害、書字の障害として脱字・誤字が目だってくる。このほか瞳孔(どうこう)変形、眼筋麻痺、視神経萎縮(いしゅく)があり、さらに皮膚反射の消失、肝・腎(じん)機能障害がみられることもある。
末期になると麻痺状態は高度となり、食事の摂取も不可能となる一方、肛門(こうもん)括約筋も麻痺して不随意的に排便をするようになる。
経過はいろいろであるが、一般には2~5年の経過とともに静止するものや、急速に進行するものもある。ときには自然治癒したり、発熱療法により軽快することもある。
脳脊髄(せきずい)液の検査成績として、タンパク量および細胞数の増加があるほか、脳脊髄液の梅毒反応、とくにTPHAテスト(梅毒の感作(かんさ)血球凝集反応)が陽性になっている。近年では、進行麻痺の症例の発生は、きわめてまれになっている。
[岡本昭二]
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…躁病の誇大妄想は高揚した自我感情から発する願望や空想がそのまま異常に強く確信されたもので,固定的ではない。進行麻痺の誇大型でも高揚した感情状態から誇大妄想が生じ,判断力などの知的能力の低下が加わって,グロテスクな内容になることが多い。精神分裂病にもしばしば出現するが,その発生は了解しがたく,被害的色彩をもつことが多い。…
…(2)には早期型(感染後2年以内に発症)と後期型(感染後4~10年で発症)とがあり,髄膜炎症状を中心とした多彩な症状を呈する。(3)では脊髄癆(ろう)(約30%)と進行麻痺(約15%)が重要で,10年以上の潜伏期の後に発症する。前者では電撃痛,発作性内臓痛,失調歩行,腱反射消失,瞳孔異常などが,後者では人格変化,知能低下,痙攣(けいれん)などが特徴的症状である。…
※「進行麻痺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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