日本大百科全書(ニッポニカ) 「競舟」の意味・わかりやすい解説
競舟
せりふね
神祭にあたって船を漕(こ)ぎ進める競技をいう。その勝敗によって神意を伺い、勝てば幸ありとする年占(としうら)の意味をもっており、西日本の各地に広くみられる。九州の宗像(むなかた)大社ではすでに10世紀に「神事用の舟」と「船漕神社」という記録があり、競舟神事の行われていた可能性がある。現在、長崎ペーロン、沖縄ハーリー、熊野の速玉(はやたま)神社の諸手船(もろたぶね)神事(10月16日)、島根県の美保(みほ)神社の諸手船神事(12月3日)などは漕ぎ手が前に面して櫂(かい)を操作する順漕(じゅんそう)法である。一方漕ぎ手が船尾側に向かう逆向櫂(さかむきがい)漕法は瀬戸内海に広くみられ、広島県大崎上島の住吉(すみよし)神社の櫂伝馬(かいでんま)、大阪の天満(てんま)天神のどんどこ船、豊後(ぶんご)高田市のホーランエンヤがあり、また、櫓(ろ)漕ぎ法によるものは、岡山県の笠岡(かさおか)市金浦(かなうら)、真鍋(まなべ)島、白石(しらいし)島などのオシグランゴ、萩(はぎ)市玉江浦(たまえうら)のオシクラゴウ、対馬(つしま)(対馬市美津島町鴨居瀬(かもいせ))、壱岐(いき)(壱岐市勝本町)のフナグロなどがある。競舟は太平洋岸では東京湾以西にみられ、日本海岸では佐渡島(佐渡市南部。旧小木(おぎ)町地域)のハンギリ競漕は別として、福井県小浜(おばま)の広嶺(ひろみね)神社の裸漕ぎが東限である。長崎市のペーロンはその周辺から天草(あまくさ)富岡にかけてあり、八代(やつしろ)海では熊本県津奈木(つなぎ)町、水俣(みなまた)市にあり、中絶した所もある。沖縄のハーリー(爬竜船)は本島より八重山(やえやま)にかけてあり、海のかなたより来訪する神と豊作を迎えるため、沖から岸へ向けて競漕する。競舟は中国では端午(たんご)の日に、東南アジアでは雨期明けの、秋祓(はら)えに降雨と豊作を願う予祝として広く行われている。
[小川 博]
『柴田恵司・高山久明「長崎ペーロンとその周辺」「長崎ペーロンとその周辺 補遺」(『海事史研究』38、40所収・1982、1983・日本海事史学会)』