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宗像大社 ムナカタタイシャ

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デジタル大辞泉の解説

むなかた‐たいしゃ【宗像大社】

福岡県宗像市にある神社。九州本土の田島にある辺津(へつ)宮、大島にある中津宮、沖ノ島にある沖津宮の総称。旧官幣大社。祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)湍津姫命(たぎつひめのみこと)田霧姫命(たきりびめのみこと)田心姫命(たごりひめのみこと))。海上交通守護神として有名。全国宗像神社の総本社。

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百科事典マイペディアの解説

宗像大社【むなかたたいしゃ】

福岡県宗像市田島に鎮座。旧官幣大社。辺津(へつ)宮,中津宮,沖津宮の3宮で1社。辺津宮は田島にあり市杵島姫(いちきしまひめ)神を,中津宮は辺津宮の北方海上11kmの大島にあり湍津姫(たぎつひめ)神を,沖津宮は中津宮より北方海上49kmの沖島(おきのしま)にあり田心姫(たごりひめ)神をまつる。
→関連項目沖島玄海[町]玄海国定公園宮地嶽神社

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デジタル大辞泉プラスの解説

宗像大社

福岡県宗像市にある神社。祭神は宗像三女神。田心姫神(たごりひめのかみ)を祀る沖津宮、湍津姫神(たぎつひめのかみ)を祀る中津宮、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)を祀る辺津宮(へつぐう)の総称。沖津宮のある沖ノ島・辺津宮境内は国指定史跡、約8万点の国宝など多くの文化財を所有。全国の宗像神社、厳島神社の総本宮。この三宮と織幡神社、鎮国寺をあわせて「宗像五社」と称する。

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世界大百科事典 第2版の解説

むなかたたいしゃ【宗像大社】

福岡県宗像郡玄海町田島の辺津宮(へつみや)(祭神は市杵島姫(いちきしまひめ)神),および同郡に属する二海島,すなわち大島の中津宮(湍津姫(たぎつひめ)神)と沖島(おきのしま)の沖津宮(田心姫(たごりひめ)神)の三宮を宗像大社という。祭神の三女神については古来異説があり一定しないが,天照(あまてらす)大神と素戔嗚(すさのお)尊の誓約(うけい)の際に生まれたと伝えられている。鎮座地が九州本土から朝鮮に至る海上交通の要衝に位置していたため,古くは海上交通者や漁業従事者などの信仰を受けていた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宗像大社
むなかたたいしゃ

福岡県宗像市田島に鎮座。田心姫神(たごりひめのかみ)、湍津姫神(たぎつひめのかみ)、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)を祀(まつ)る。正確には、九州と朝鮮半島との間の玄界灘(げんかいなだ)の孤島・沖島(おきのしま)(沖ノ島)に鎮座する沖津宮に田心姫神を、海岸近くの宗像郡大島に鎮座する中津宮に湍津姫神を、陸地の宗像市田島に鎮座する辺津(へつ)宮に市杵島姫神を祀り、この三宮を総称して宗像大社という。この宗像三女神は天照大神(あまてらすおおみかみ)の誓約(うけい)により生(な)る神で、天孫降臨に先だち、「汝三神(いましみはしらのかみ)、宜(よろ)しく道中(みちのなか)に降居(くだりま)して、天孫(あめみまご)を助け奉(まつ)り、天孫に祭(いつ)かれよ」、すなわち三女神よ、九州北辺の地に下り、その地で皇室を助けるとともに、皇室より厚く祀られよ、との勅を受けたと『日本書紀』に記されている。また神功(じんぐう)皇后のいわゆる「三韓征伐」に霊威を現されたと伝承されて、古くより朝廷の厚い崇敬を受け、大化改新の国郡制の成立とともに宗像郡は神郡とされ、神主宗像氏が神郡の大領を兼ね、天武(てんむ)天皇の後宮にその宗像氏徳善(とくせん)の女(むすめ)、尼子娘(あまこのいらつめ)が入り、高市皇子(たけちのみこ)を出産するなど皇室との関係も深く、807年(大同2)封戸74戸が寄せられ、840年(承和7)従(じゅ)五位下に叙されたあと位を進めて、859年(貞観1)正二位となり、延喜(えんぎ)の制で名神大社、979年(天元2)には大宮司職(しき)が太政(だいじょう)官より定められている。古く遷都ごとに賢所(かしこどころ)とともに当社の分霊が奉斎されたが、1954年(昭和29)以降の沖ノ島学術調査で、鏡、武器、工具、装身具など精巧を極めた祭祀(さいし)神宝5万余点が発見され、4、5世紀ごろの当社に対する深い崇敬が再確認された(出土品のほとんどは国宝と国の重要文化財に指定されている)。律令(りつりょう)体制崩壊後も多くの社領荘園(しょうえん)を有し、中世宗像大宮司は鎌倉御家人(ごけにん)として北九州で勢力を振るい、蒙古(もうこ)襲来のとき沿岸防備に活躍、のち戦国時代にも活動したが、1586年(天正14)氏貞(うじさだ)に継嗣(けいし)なく絶えた。以後筑前(ちくぜん)領主によりよく維持され、明治の制で官幣大社。例祭は、沖津宮、中津宮の神迎えを宗像七浦の漁船総出で行う海上神幸で知られる秋季大祭10月1~3日のほか、特殊神事が多い。なお、沖島は現在も一般人の渡航は原則として許されず、一木一草も島外に持ち出してはならぬ掟(おきて)があり、島内での忌みことばを当番神職はよく守り続けてきている。[鎌田純一]

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世界大百科事典内の宗像大社の言及

【沖島】より

…対馬暖流の影響で暖かく,亜熱帯植物の北限(北緯34゜15′)でビロウ,ヒゼンマユミ,オオタニワタリなどの原生林(天)が茂り,オオミズナギドリが生息する。朝鮮半島への航路の要衝で宗像大社の沖津宮が鎮座し,4~9世紀の祭祀遺跡も著名である。全島神域で女人禁制が守られ,1921年開設の灯台が73年無人化されてからは2週間交代の神官1人だけが常住し,上陸の際はすべてみそぎをする。…

【宗像氏】より

…筑前国宗像郡の宗像大社(現,福岡県宗像郡玄海町)の大宮司家。筑紫の豪族で大和朝廷と交渉のあった宗像君の子孫とされる。…

※「宗像大社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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