戦国時代の武将。名は重治(しげはる)(重虎(しげとら)とも)。半兵衛は通称。美濃(みの)(岐阜県)不破(ふわ)郡岩手菩提(いわてぼだい)山城主。美濃三人衆の1人安東守就(あんどうもりなり)の女婿。俗説では領土欲なく、軍師に徹した人物と評される。初め斎藤龍興(たつおき)に仕える。1564年(永禄7)義父守就とともに龍興の居城稲葉山(いなばやま)城を奪取したが、すぐ龍興に返した。龍興没落後は織田信長に仕え、豊臣(とよとみ)秀吉に付属、秀吉麾下(きか)では智将、謀将として重んじられた。秀吉の諸戦の勝利は半兵衛の策によるところ大であったが、79年(天正7)秀吉の播磨(はりま)(兵庫県)平定戦に参加した際、三木城攻囲の陣中で6月13日病死した。35歳とも36歳ともいう。子孫はのち竹中流軍学をおこした。
[谷口研語]
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