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米田庄太郎 よねだ しょうたろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

米田庄太郎 よねだ-しょうたろう

1873-1945 明治-昭和時代前期の社会学者。
明治6年2月1日生まれ。欧米に留学,同志社大教授をへて大正9年京都帝大教授。タルド,ジンメルらの学説を紹介,心理学的社会学を導入する。社会思想研究の分野でも活躍した。教え子高田保馬(やすま)がいる。昭和20年12月18日死去。73歳。奈良県出身。奈良英和学校卒。著作に「現代人心理と現代文明」「輓近(ばんきん)社会学論」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

米田庄太郎
よねだしょうたろう
(1873―1945)

社会学者。明治6年2月1日、奈良県に生まれる。1891年(明治24)奈良英和学校を卒業後、欧米に留学。アメリカではギディングスフランスではタルドに就いて社会学を修めた。1902年(明治35)帰国後、同志社大学で社会学を講じてから京都帝国大学講師となり、以後、教授として高田保馬(やすま)など優れた門下生を育成した。卓抜した語学力を十分に駆使して精力的に欧米の社会学を渉猟し、その紹介と批評に努めた。このことは日本における社会学の水準を高めることになったが、彼は社会学以外に社会思想、歴史哲学、文化論、文明批評の面でも活躍、その博覧強記は瞠目(どうもく)すべきものがあった。社会学体系としてはとくに独創的成果をあげうるまでには至らなかったものの、組織社会学、純正社会学、総合社会学の3分野からなる体系を構想した。方法論と対象論を組織社会学・純正社会学によって成立せしめ、社会生活の包括的説明を総合社会学によって行おうとしたが、これは構想にとどまった。昭和20年12月18日死去。[鈴木幸寿]
『『輓近(ばんきん)社会思想の研究』全3巻(1919~1921・弘文堂) ▽『現代文化概論』(1921・弘文堂) ▽『歴史哲学の諸問題』(1924・弘文堂)』

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