フランスの犯罪学者、社会学者。トゥールーズ法科大学卒業後、長年司法官の職にあり、1894年司法省犯罪統計局長となる。その間に、『比較刑事学』(1886)、『刑事哲学』(1890)、『犯罪研究と社会』(1892)などの著作を著した。1900年からはコレージュ・ド・フランスの現代哲学の教授。イタリアの犯罪学、とくにロンブローゾの犯罪学を批判し、犯罪の原因を社会的なものとする説を支持した。しかし、同時に、犯罪の性質にかかわりなく、犯罪の責任は犯罪者のパーソナリティーに帰せられることも主張した。こうした見解が、後の社会学的研究に連なった。
ヘーゲルの影響も受けていたが、とくにクールノーの影響を受けつつ、デュルケームの社会学に対立し、スペンサーの進化論を拒否し、心理学的社会学の研究に関心を注いでいった。『模倣の法則』(1890)は、彼の立場を明らかにした、もっとも有名な著作である。クールノーの影響のもと、発明を偶然性の発現とし、また、進歩、発展の基点として重視した。しかし、にもかかわらず、社会の成立はなによりも類似に、模倣に求められなければならない、発明も模倣によってのみ社会化されるとした。タルドの「社会」は模倣によって成立するのである。こうして彼の社会学は模倣という心理的なものに帰着する。だが、それは心理学の延長にあるものではなかった。社会的なものは心理的なものに基づいているが、両者は次元を異にし、社会現象は意識体と意識体との間に生起するというのである。『世論と群集』(1901)では、群集と区別される「公衆」の概念を明らかにした。彼には人類の未来に託したいものがあった。死後刊行された『未来史の断片』(1905)には強制から解放された一つのユートピア物語が描かれている。ほかに『社会法則』(1898)などがある。
[佐藤 毅]
『風早八十二訳『模倣の法則』(1924・而立社/2008・日本図書センター)』▽『小林珍雄訳『社会法則』(1943・創元社)』▽『稲葉三千男訳『世論と群集』(1958/新装版・1989・未来社)』▽『村澤真保呂・信友建志訳『社会法則/モナド論と社会学』(2008・河出書房新社)』
フランスの社会学者,社会心理学者。名門地方貴族の子としてドルドーニュ県サルラで生まれた。大学で法律を学んだのち,早世した父と同じく裁判官の道を選び,1867年サルラ裁判所に奉職した。80年ころから,イタリアのC.ロンブローゾの犯罪学に関心をもつ。しかしその理論に飽きたらず,犯罪の発生原因を環境にみる独自の犯罪学の著作を刊行した。90年には〈社会学的研究〉という副題をもつ大著《模倣の法則》を発表し,当時の新興科学だった社会学の領域で注目された。その後タルドは裁判官の勤務のかたわら,多くの著作や論文を発表した。この間,社会の実在性をめぐって当時の社会学界の大御所デュルケームらと論争した。1900年,コレージュ・ド・フランスの哲学教授としてパリに招かれ,01年《世論と群集》を刊行した。これはル・ボンの群集心理学を批判して,〈群集〉に対して〈公衆〉概念を提出し,公衆の時代におけるジャーナリズムの意義を確認した好著である。
執筆者:稲葉 三千男
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…ただし,群集についての理論を最初に展開したとされる19世紀フランスの心理学者ル・ボンGustave Le Bonは,しばしば指摘されるように貴族主義の立場から群集,とりわけ革命群集を断罪した。ル・ボンに異を唱えた同時代のフランスの社会心理学者タルドGabriel Tardeの群集観も,この点では同じで,情緒的,非合理的,残虐,付和雷同的など,群集の劣性を両者とも強調している。たしかに群集は非日常状況のもとにいるから,日常の規範,行動パターンから逸脱しやすい。…
…メディアを用いたコミュニケーションで結ばれている人間集団。ル・ボンが〈現代は群集の時代だ〉と否定的に規定したのに対し,タルドが〈現代は公衆の時代だ〉と反論し,公衆を社会学,社会心理学の用語にした。タルドにおける公衆のイメージは〈拡散した群集〉であり,したがってタルドは公衆にも,群集についてと同様,情緒的・非合理的・付和雷同的などのレッテルをはっている。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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