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精神科病院 セイシンカビョウイン

デジタル大辞泉の解説

せいしんか‐びょういん〔セイシンクワビヤウヰン〕【精神科病院】

主に精神障害のある者を治療保護する病院医療法規定精神保健福祉法)に基づいた病院で、原則として都道府県に設置義務が課されている。一般には精神病院とよばれていたが、平成18年(2006)12月に「精神病院の用語の整理等のための関係法律の一部を改正する法律」が施行され、行政上使用する用語としては、この語に改められた。

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大辞林 第三版の解説

せいしんかびょういん【精神科病院】

精神障害者の保護と治療を行う病院。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

精神科病院
せいしんかびょういん

精神障害者の治療およびケアに必要な専門職員をもち、入院・外来設備を有する専門病院をいう。一般には「精神病院」の呼称が使われていたが、2006年(平成18)12月に「精神病院の用語の整理等のための関係法律の一部を改正する法律」が施行され、行政上使用する用語としては「精神科病院」に改められた。これは、精神病院という用語には、精神病者を収容する施設というイメージがあって、患者が受診しにくい面があるため、それを改善するための措置である。[吉川武彦]

日本の精神科病院の現況

精神障害者の入院および外来治療のほか、近年は精神科デイ・ケアを行うところもあり、また高齢者治療を積極的に行うなど多様化している。日本の精神科病院の多くは単科精神科病院であったが、診療内容も多様化してきたので、複数科を擁するところもある。精神障害の軽症化に伴い、いわゆる総合病院の診療科として精神科が標榜(ひょうぼう)される向きもあり、またその一部には精神障害者の入院治療を行うところもでてきている。なお、日本の精神科病院は、2005年(平成17)には1671か所で病床数は約35万4000床であり、精神病床数は人口1万人に対して27.7床であるが、実際に入院している患者数はほぼ32万4000人で人口1万人に対して25.4床である。なお病床利用率は約91.5%である。また、全精神科病床数のうち、民間病院の病床が8割を占めるところに日本の精神科病院の特徴がある。[吉川武彦]

日本の精神科病院の歴史

明治初期まで精神保健福祉分野には法的な整備はまったく図られていない。ただこの時代においても精神障害にかかわる治療がまったく行われていなかったわけではなく、加持祈祷(かじきとう)を受けるために社寺の楼塔に精神障害者が収容されていたという史実が残されている。1874年(明治7)に「医制」が文部省(現文部科学省)の管轄下で施行されることとなり、そのひとつに癲狂(てんきょう)院を設置する規定があったが、設置はなかなか進まなかった。1875年に京都の南禅(なんぜん)寺境内に設置された京都癲狂院が、公的施設としてのわが国最初の精神科病院である。1879年には東京府癲狂院(現松沢病院)が設置された。私立精神科病院としては1878年に加藤瘋癲(ふうてん)病院が開設許可を得ている。なお、1883年に始まった旧相馬藩主をめぐる相馬事件(藩主が精神障害になり座敷牢へ収容されたことを、家令の陰謀だと旧臣が訴訟を起こしたことに端を発する騒動)によって精神病への関心が高まったこともあり、癲狂院にかわって精神病院という名称が一般に用いられるようになった。[吉川武彦]

精神病者監護法と精神病院法の制定

1900年(明治33)に精神病者監護法が制定された。この法は精神障害者の人権保護と深いかかわりのある法律で、精神障害者を監護できるのは監護義務者だけで、私宅や病院あるいは監置室で監護するには医師の診断書を添えて関係官庁に届け出を行い、許可を得なければならないとしている。それまで精神障害者を集落の外に放置したり恣意(しい)のままに監置してきたときからみれば、明らかに精神障害者の人権保護を目ざした法であるといえよう。しかし、おもに生命の保護を目的として監置するだけで、精神病を患っている精神障害者に対する医療を行うことを定めた法ではなかった。1909年には患者数2万5000人、病床数2500床、私宅監置数3000人、さらに17年(大正6)の調査で患者数6万5000人(うち入院中の者5000人)、私宅監置数約6万人という実態が明らかにされ、19年に精神病院法が制定された。これによって公的な精神科病院の設置が定められたのであるが、戦時色が濃くなるにつれ設置は遅々として進まなかった。[吉川武彦]

第二次世界大戦敗戦後の精神科病院とライシャワー事件

敗戦後の混乱のなかに放置され、生命の維持すらできない状態であった精神障害者に「医療」と「保護」を目的とした精神衛生法が、1950年(昭和25)に議員立法で制定された。精神科「医療」は、旧来の電気ショック療法やインスリンショック療法、あるいはマラリア(のちにワクチンにかわる)を用いた発熱療法などのほか、睡眠薬を用いた持続睡眠療法などが行われてはいたが、まだ向精神薬による精神科治療は行われていない貧弱な状態であった。
 当時は国民全体が食うや食わずの状態であったので、精神科病院へ入院させることが精神障害者の生命保護に直結する時代であったといえる。今日的には非難される入院中心主義が生まれたのもこうした背景があることを知る必要があろう。
 こうした混乱期を過ぎてからわが国は高度成長期に入るが、精神障害者のほぼ8割は社会復帰可能であるという第2回全国精神衛生実態調査(1963)の結果を踏まえることなく、1964年に起きた駐日アメリカ大使を一青年が刃物で刺した事件(ライシャワー事件)が精神障害者による加害事件とされたことにより、社会防衛の視点から精神科病院が最大限に活用されるところとなり、強制入院制度である措置入院や現在の制度につながる医療保護入院が増え、精神障害者を精神科病院に長期在院させる入院中心に傾くことになった。精神科病院の病床利用率は100%を超え、36万人の入院患者をかかえていた時期もある。強制的に入院させられていた精神障害者、措置入院と医療保護入院の患者によって全精神科病床が占められていたといってもいい。[吉川武彦]

精神保健法の制定以降の日本の精神科病院

精神障害者処遇が法的に大きく変わったのは、1987年の精神保健法制定以降である。この法は精神衛生法の改正という形で行われたが、意気込みは新法制定にも匹敵するもので、精神障害者処遇を今日的なものにする要因となった。入院制度も大きく変わり、精神障害者自身の同意に基づく任意入院制度が取り入れられ、入院のときばかりか治療に関しても本人の同意が必要となるなど、精神科病院自体の体質変化を求める法制度ができたのである。すでに1974年から始まったデイ・ケアばかりでなく、多様な精神障害者社会復帰関連施設がくふうされるところとなり、これらはその後の法改正によって多くのものが精神保健福祉法に定められた法内施設となるなどしていったため、精神科病院もさまざまな機能分化が求められている。
 その大きな流れは、対象疾患に関する機能分化の方向で、アルコール依存症の専門病院や病棟、年齢軸で機能分化を図る高齢者や児童を対象とする病院や病棟のほか、必要とされる治療レベルで機能分化を図る精神科救急病院や病棟を生みだすところまできている。また、厚生労働省は2003年(平成15)に精神科病床等に関する検討会(座長吉川武彦)を設置して精神科病院の機能分化に関する新しい方向を探った。この結果7万床程度の病床削減が可能とされた。現在、日本の精神科病床の機能分化はかなりのスピードで進んでおり、35万4000床ある精神病床42%強が急性期病床や老人性認知症(治療・療養)病床、精神療養病床、アルコール・薬物病床などのほか、児童病床や合併症病床などの専門病床として機能していることは注目すべき点であろう。[吉川武彦]
『精神保健福祉行政のあゆみ編集委員会編『精神保健福祉行政のあゆみ』(2000・中央法規出版)』

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