納所遺跡(読み)のうそいせき

日本歴史地名大系 「納所遺跡」の解説

納所遺跡
のうそいせき

[現在地名]津市納所町

納所集落の北、標高五メートル前後の水田一帯に広がる三重県の代表的弥生遺跡。昭和初期に発見され、同四八―五〇年(一九七三―七五)にかけて、遺跡中央部を横断する県道バイパス建設が計画されたため発掘調査され、縄文時代晩期・弥生時代・古墳時代・室町時代に至る遺構遺物が発見された。主要遺構は上下二層からなり、下層の弥生時代前期の遺構面は地表下一・七―二・五メートルで、自然流水路・落込み・杭・矢板列・溝跡が検出され、上層の弥生時代中期以降の遺構面は地表下〇・九―一・二メートルで、竪穴住居一五棟、方形周溝墓五基、土壙墓一四基、自然流水路一、大小の溝一三本および土壙・ピットなど多数発見された。

竪穴住居には平面円形に近いものと方形のものがあり、弥生時代中期中頃に円形から方形に住居の構造が変化していることが明らかになった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

改訂新版 世界大百科事典 「納所遺跡」の意味・わかりやすい解説

納所遺跡 (のうそいせき)

三重県津市納所町にあり,1973年から75年にかけて,県道バイパス建設に先立つ発掘調査を実施した結果,弥生時代前期から古墳時代前期に至る一大集落跡であることが判明した。遺跡は,安濃(あのう)川が津市北西郊で大きく蛇行して東流する部分の,左岸一帯の自然堤防上に位置し,現地形は標高5m前後の水田地帯となっている。弥生時代前期の遺構には,遺物の豊富な自然流水路と7条の溝などがあり,中期には竪穴住居跡15棟,方形周溝墓5基,土壙墓14基以上のほか,大小の溝跡や自然流水路などがあってその中心を占めている。弥生時代前期の遺物には見るべきものが多い。前期中ごろの土器に,尾張・三河地方で縄文時代晩期後半に位置づけられている土器が共伴することから,両者の併行関係が実証された。木製品は実に豊富で,鍬,鋤,スコップ竪杵(たてぎね)などの農具のほか,工具として斧の柄,容器として鉢や匙(さじ),鼠返しや枘(ほぞ)穴付柱などの建築部材,そして朱漆塗りの竪櫛,一木製の琴など種類が多い。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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