経営史(読み)けいえいし

改訂新版 世界大百科事典 「経営史」の意味・わかりやすい解説

経営史 (けいえいし)

企業経営の歴史の研究は,20世紀初期からドイツ歴史学派経済学の著作やイギリス産業革命史研究のなかで徐々に手がけられていた。経営史学社会経済史学とは別個の学問として独立したのは,1920年代中ごろ,ハーバード大学経営学大学院で経営史の講座が開設されてからである。その初代教授グラスN.S.B.Gras(1884-1956)は,企業経営の歴史を社会経済的諸条件の変遷に即して考察するのではなく,企業内部の諸組織,諸機能に即し,経営政策,経営指揮,経営統制などビジネス・アドミニストレーションそのものを研究するという経営史学の立場を確立した。グラスのもとに多数の経営史家が集まり,《Business History Review》(経営史学会会報として発足)を刊行,また多数のアメリカやヨーロッパの企業のケース・スタディに取り組み,後者成果を〈ハーバード経営史研究叢書〉として公刊した。またグラスらによる《Casebook in American Business History》(1939)は,今日なお経営史の講義テキストとして利用されている。1949年同じハーバード大学のコールA.H.Cole(1889-1974)を中心に,経済史,社会学,経営学など諸分野の専門研究者による学際的研究組織として〈企業者史研究センター〉が設立され,〈企業者活動entrepreneurship〉すなわち企業者,経営者の性能とその活動の社会的意味の解明重点をおく〈企業者史entrepreneurial history〉が,グラスらの狭義の〈経営史business history〉とは異なった新しい経営学の流れとして発展した。1959年まで活動を続けた同センターの研究成果は機関誌《Explorations in Entrepreneurial History》に発表され,コール著《Business Enterprise in its Social Setting》(1959)はその集大成である。企業者史学の最大の特徴は,企業経営の発展を各国社会に固有な思考行動様式(文化的要因ないし文化構造)との関連において考察しようとしていることであり,経済発展論にも大きな影響を与えた。

 今日の経営史学は,上記の狭義の〈経営史〉と〈企業者史〉の二つの流れを基礎として発展している。経営史の研究でアメリカに立ち遅れたイギリスでは,1958年《Business History》誌が創刊されたのちも,経済史学と未分離のまま,むしろ企業の意思決定の経済学的解明に重点をおいた経営史研究が進められてきたが,最近は大企業のケース・スタディも活発化,質量とも急速に発展している。ドイツでも,58年会社史・企業者伝記の機関誌として《Tradition》が創刊され,企業史料管理者による研究論文が数多く発表されてきたが,76年企業史学会が設立され,機関誌《Zeitschrift für Unternehmensgeschichte》が刊行されるようになった。日本における経営史学は1964年の経営史学会創立によって軌道に乗り,経営学教育の発展とともに経営史学専攻会員が急増した。財閥総合商社,経営家族主義など日本独特の経営現象についての研究が盛んに行われ,その成果は経営史学会機関誌《経営史学》や《日本経営史講座》6巻(1977)などに発表されている。また非欧米社会で近代経営をいち早く軌道に乗せた日本では,比較経営史への関心が強く,74年以来経営史学会主催の国際経営史会議が毎年日本で開催され,毎回その会議録が刊行されている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「経営史」の意味・わかりやすい解説

経営史
けいえいし
business history

広義の経営史は、狭義の経営史と企業者史entrepreneurial historyの両者を含むものをいう。狭義の経営史は、個別企業の経営管理の内容がどのように発展してきたかを考察の中心に置く企業史である。

 狭義の経営史の開拓者は、ハーバード経営大学院のグラースN. S. B. Gras(1884―1956)で、この流れは、1925年の経営史学会の創設、1927年のハーバード経営大学院における経営史講座の創設、1938年の経営史学会『会報』から『経営史評論』Business History Reviewへの発展などによって、その制度的基盤を確立した。グラースの研究は、主著『経営と資本主義』(1939)に集大成されたが、その流れは、ラーソンH. M. Larson(1894―1983)、ハイディM. E. Hidyらによって継承され、経営史研究基金の支援のもとにスタンダード石油などの大企業史を取りまとめることにより、一つの頂点を形成するに至る。

 他方、企業者史の源流は、企業者を経済発展の主要因であるとするシュンペーターにある。このような企業者史的接近は、ハーバード大学での彼の門下生ロソフスキーH. Rosovsky(1927― )により展開され、1948年の同大学企業者史研究センターの創設により本格化する。このセンターの刊行した研究双書は企業者史研究の代表的業績をなしている。

 1960年代になると、以上の二つの接近を統合しようとする努力が現れてくる。その代表的人物がチャンドラーA. D. Chandler, Jr.(1918―2007)である。彼はハーバード大学史学科の出身で、企業史(狭義の経営史)のなかで育ったが、従来の企業史が個別企業に傾斜して一般化を怠っていることを批判し、同時に特定企業者を超える主体として組織の観点を導入することにより、二つの流れの統一を図ろうとし、経営史に新天地を開拓することに成功した。その代表的業績は『経営戦略と組織』(1962)と『経営者の時代』(1977)である。

[森本三男]

『米川伸一著『経営史学――生誕・現状・展望』(1973・東洋経済新報社)』『大河内暁男著『経営史講義』第2版(2001・東京大学出版会)』

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