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経済史学 けいざいしがく

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世界大百科事典 第2版の解説

けいざいしがく【経済史学】

経済史学は,現実の歴史過程を構成する多様な文化領域のなかから,経済という一領域に属する事象をとりだし,経済発展の歴史過程と,経済現象がもつ歴史性を,その他の文化諸事象との関連において解明することによって,人間文化の発展を根底から理解するための重要な一視座を提供し,かつ,そのような理解を背景に,究極的には〈歴史としての現代〉における経済のあり方と,そのわれわれに対する意味を把握するのに役立とうとする学問分野である。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

経済史学
けいざいしがく

通常、人間の経済生活の発展過程および経済生活とその他の社会現象との関連を解明しようとする学問をさす。ただしその方法や目的は研究者の立場によってかならずしも一致していない。ここでは、ヨーロッパアメリカおよび日本における経済史研究の発達を概観し、経済史学の基本的な性格をみることにしたい。[根本久雄]

ヨーロッパにおける経済史研究


古典学説の形成
人間生活の経済的な側面を断片的に、あるいは相当にまとまった形で取り扱った著作は、カエサルの『ガリア戦記』やタキトゥスの『ゲルマニア』など、すでに古典古代から存在する。しかし、経済史が独自の研究目的と研究方法をもって学問として成立するのは、19世紀の中ごろである。それはまず歴史学派経済学としてドイツで誕生した。この学派の経済史研究は、当時のロマン主義の風潮のもとで、国民の個性的統一の核心として国民精神を考え、その本質を個別的な歴史研究によって解明しようとするもので、歴史的個体性を強調する歴史主義の立場にたつものであった。それは同時に、先進資本主義国イギリスの古典派経済学に対して、後進国ドイツの立場からの資本主義の理論を樹立しようとするものでもあった。このようなねらいは、この学派の創始者F・リストの経済発展段階説にもっともよく示される。
 ところで歴史学派経済学の研究は、方法論的に普遍化(理論的)と個別化(歴史的)という本来矛盾する傾向を含んでおり、彼らはこの矛盾を有機体説の全体と部分の関係でいちおう論理的に統一していたが、歴史家の側からはその歴史的実証性の欠如が批判され、また段階理論の論理的客観性に関しては、メンガーやM・ウェーバーの厳しい批判を受けた。しかし、19世紀を通じて歴史学派経済学は経済史研究の主流をなし、ヨーロッパ各国において多くの卓越した研究を生み、その結果19世紀末にはヨーロッパの経済発展に関するほぼ共通の歴史像とそのための基礎的諸概念が確立された。[根本久雄]
ヨーロッパ文化の危機と経済史学
この間ゾンバルトは、独特の「経済体制」概念によって歴史学派の理論と歴史の矛盾を克服し、理論的かつ実証的に近代資本主義の発展を解明した。またウェーバーは、理想型的概念構成の方法によって、経済史を含む経験科学の科学性の確立を目ざした。彼の理想型に基づく類型的把握の方法は名著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1904~1905)を生んだ。ところで、ウェーバーが「ヨーロッパとは何か」という文明史的問題を提起したときの彼の関心の根底には、ヨーロッパの崩壊を憂える危機意識があった。第一次世界大戦後にはこのような危機意識に発する多くの経済史研究が発表された。カトリックの立場からヨーロッパ世界の本質をその成立過程において探究したドーソンの研究、あるいは、古代世界の没落という通説に抗して独特の文化連続説を主張し、ヨーロッパ文化発展の経済的基礎に関して実証的に研究したドープシュの仕事などは、ヨーロッパ世界の危機意識を主体的に受け止め、その本質を確認しようとする経済史の研究であった。[根本久雄]
史的唯物論の経済史研究
一方、歴史学派経済学と同時代に生まれたK・マルクスの史的唯物論は、経済史研究のなかで独自の立場を形成してきた。それによれば、人間は生存の基本である衣食住の物質的生活においてかならず一定の生産関係(人間の人間に対する関係)を取り結び、生産関係はその社会の生産力(人間の自然に対する関係)と照応する。そしてこの生産関係の総体がその社会の政治・芸術・思想などの上部構造を条件づける。したがって、生産関係が変化すれば、それに応じて社会の上部構造も変化し、その変化の総体が人類の歴史となる。それゆえ、社会発展の最終的な決定要素である生産関係を取り扱う経済史は、歴史研究全体のなかでもっとも基礎的役割を担うものとされる。史的唯物論は、生産力と生産関係の統一概念である生産様式をもって、人類の歴史を原始共産制、古代奴隷制、中世封建制、資本主義社会、社会主義社会の五つの社会構成の段階に区分するが、この段階説は、段階区分の根本原理が生産関係であること、また歴史が生産力と生産関係の矛盾を契機として発展する運動法則を科学的に把握している点において、歴史学派の段階説とは大いに異なる。さらに歴史学派における経済発展の一般的図式は、なんといっても、ヨーロッパという限られた世界を場として構想された歴史発展の過程であるのに対して、史的唯物論は世界史的発展過程についての偉大な構想であり、それだけに経済史研究でもその影響は大きかった。[根本久雄]
ヨーロッパ経済史学の現況
しかし、現代のヨーロッパに関する限り、そこでの経済史研究の主流は歴史主義的研究であり、ドイツの地域史研究に代表されるような、個別的地域・時代・問題についての徹底的に実証的な研究である。これらの研究は19世紀的歴史像を支えた基礎的諸概念を実証的に批判し、古典学説の権威をほとんど全面的に崩壊せしめたが、まだそれにかわる総合の理論や体系を生み出すには至っていない。そこで今日、彼らに課せられている課題は、実証的研究の積み重ねのなかから新しい総合の理論と体系を確立することであり、それは同時に、経済史学がその成立とともに負わされてきた理論か歴史かの問題に対して、新しい解答を与えることを意味する。また史的唯物論の経済史研究も、法則的認識を志向するあまり史実を軽視するという実証史家の批判に十分に耐えうるためには、ヨーロッパ史学界の実証的研究の成果をくみ取り、ますます内容豊かな理論体系に鍛え上げていくことが必要である。[根本久雄]

アメリカにおける経済史研究の新動向

第二次世界大戦後にはまた、アメリカを中心に経済史研究の新しい動向が生まれ、経済成長史学として目覚ましい発展を示している。これは、経済成長理論の精緻(せいち)化を背景に経済の発展をできるだけ数量化し、統計的に把握しようとするもので、主として産業革命以後の工業化と経済成長の分析の面で多くの業績を生み出している。これらの研究は、発展途上諸国の工業化という現実的課題に対し、先進工業諸国の工業化過程の解明を通じ一定の政策的指針を提示しようとするもので、きわめて実践的な研究である。その代表的研究としては、とりわけ、W・W・ロストウの『経済成長の諸段階』(1960)と、ガーシェンクロンAlexander Gerschenkron(1904―1978)の『歴史的展望からみた経済的後進性』(1962)が注目される。しかし、経済成長史学はまだ一つの体系を構成するには至っておらず、また、その方法に対しては、経済の発展を経済成長という数量的関係に解消することにより、経済体制の差異や個人・民族の生成発展における歴史的個体性が無視されるという批判が強い。[根本久雄]

日本における経済史研究

日本の経済史研究は、明治期に、明治政府の貿易立国政策(商業資本擁護政策)の立場から、欧米先進国の通商実例に範を求めて、まず商業史研究から始まった。明治30年代に入り財閥系大企業が成立すると、富国強兵・殖産興業政策推進のため、「保護主義」の政策論としてドイツ歴史学派経済学が導入され、経済史研究が始まる。
 第一次世界大戦(1914~1918)前後は日本資本主義の飛躍的発展の時期であった。1918年(大正7)の「米騒動」に始まる小作争議、労働争議など種々の社会問題を発生させ、歴史学の関心もこれら「社会問題」の解明へと向かうこととなり、社会史、農村史、百姓一揆(ひゃくしょういっき)の研究が行われた。大正末から昭和初頭にかけて日本資本主義の諸矛盾が激化したため、社会問題はより深刻化し、労働運動と呼応して重大化した。こうしたなかで社会主義思想、とくにマルクス主義研究も本格化し、史的唯物論に基づく歴史研究が開始された。史的唯物論に依拠する日本古代・中世史の研究は、学問の自由が制限されていくなかで幾多の「タブー」を切り崩したほか、明治維新研究は歴史分析と現状認識との関連から「日本資本主義論争」(講座派・労農派論争)に発展した。同時に、戦時体制下では実証史学に学問的良心のよりどころを求める傾向もみられた。[殿村晋一]
 第二次世界大戦後においては、東西冷戦構造への批判意識を背景に、講座派、労農派、宇野派等、マルクス派の系統を継ぐ研究潮流のほか、西洋経済史の分野においてはマルクスとウェーバーの研究手法を独自に融合させた大塚久雄の研究手法(大塚史学)が強い影響力を保持した。しかし、高度経済成長期の後期以降になると、企業分析を中心とする経営史研究、経済成長を数量的に分析する数量経済史などが影響力を強めるようになった。冷戦体制が崩壊した1990年代以降においては、分析方法と研究対象の多様化・細分化の傾向が顕著である。[永江雅和]
『井上幸治・入交好脩編『経済史入門』(1966・広文堂) ▽社会経済史学会編『社会経済史学の課題と展望』(1984・有斐閣)』

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