初めてこの語を用いたのはライプニッツで、明瞭(めいりょう)な知覚表象およびその意識における総合的統一を意味した。しかしこの用語を、その哲学の中心に据えたのはカントである。
カントによれば、対象の成立には、直観の多様を起点として、覚知の総合、再現の総合、再認識の総合など、さまざまの段階における総合が必要である。そうした諸総合の根源に「われ思う」Ich denkeという意識の基本的同一性が前提されねばならない、として、これを先験的統覚transzendentale Apperzeptionあるいは純粋統覚reine Apperzeptionと名づけた。先験的統覚は、認識作用には欠くことができない核心的能力であって、自己同一意識の根幹をなすものであるが、ただこれはあくまでも論理的統一であって、デカルトが実体概念と直結させたコギトとは別のものである。この先験的統覚は、のち新カント学派の手によって、超個人的主観へとさらに発展していくことになる。
[武村泰男]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
桜が咲くころの、一時的な冷え込み。《季 春》「―や剝落しるき襖ふすまの絵/秋桜子」[類語]余寒・春寒・梅雨寒・寒い・肌寒い・薄ら寒い・寒寒・深深・凜凜・冷え込む・うそ寒い・寒さ・寒気・寒波・厳寒・酷寒...