改訂新版 世界大百科事典 「総合防除」の意味・わかりやすい解説
総合防除 (そうごうぼうじょ)
integrated control
害虫防除において,いろいろな防除手段を有機的に組み合わせ,生態系と調和を図りながら,害虫による被害を,ある経済水準以下に維持すること。害虫防除は,第2次世界大戦後,強力な合成殺虫剤の出現によって成功してきた。しかし害虫の殺虫剤に対する抵抗性の発達,天敵の減少に伴う害虫の異常増加,殺虫剤の作物中の残留と環境汚染,野生動物への影響など多くの問題点も派生した。これらの問題を解決するために,新防除概念である総合防除が考え出された。最初B.R.バートレット(1956)は,単に殺虫剤散布と合わせた天敵の利用を考えたが,後に,P.W.ゲイアーとL.R.クラーク(1961)は,生態系の概念を取り入れ,害虫個体群の管理によって,人工的である農業生態系agro-ecosystemを,新しい安定した農業生態系に作りかえることを目標とした。使われる防除手段には,殺虫剤,誘引・忌避剤を利用する化学的方法のほかに,耐虫性品種の選択,栽培時期の変動,輪作,耕種方法の改善,天敵の利用などの生物生態的な方法,誘蛾灯による捕殺などの物理的方法,不妊不親和性昆虫の放飼などの遺伝的方法(不妊防除),さらに動植物検疫による害虫の輸出入の禁止などがある。害虫の総合防除のためには,害虫密度の推定と動態の掌握,被害解析,作物の経済水準の評価,新防除手段の組入れ評価などの作業が必要である。殺虫剤の使用も害虫個体数の自然制御natural control機構を最大限利用し,害虫の加害が作物の経済的損害の許容水準以上になる時だけ一時的に使用する。生態系の総合管理による利点は,殺虫剤多用による抵抗性の発達を遅らせることにある。しかし他の防除手段も,淘汰によって害虫の抵抗性を強める可能性が高いので,多くの異なる防除手段を用いて,特定方向への淘汰圧をゆるめ,急速な抵抗性の発達を防止することが大事である。
日本で最もたいせつな作物である水稲とその害虫を例にとってその現状をみると,次のようになる。戦後,DDT,BHC,パラチオンが導入され,稲作害虫,とくにメイガ類の防除に効果が大きかった。しかし殺虫剤とくにBHCは,卵寄生のコマユバチ,捕食性のササキリ,イナゴなどの天敵を同時に殺滅し,ニカメイガの生存率にはかえってプラスに働いたと思われる。メイガ類の低密度化に貢献したのは,殺虫剤のほかに,幼虫の生存に不利な稈(かん)の細い穂数型の品種の採用,早期栽培,稲わらの裁断による越冬幼虫の死亡増加などがある。イネ萎縮病ウイルスを伝播(でんぱ)するツマグロヨコバイは,天敵のコモリグモ,ササキリより殺虫剤に強く,しかも抵抗性を獲得して,防除は難しくなっている。総合防除の基幹的手段として,ヨコバエを殺して,クモ類を殺さない選択性殺虫剤の採用を強調する研究者もいる。
→害虫
執筆者:池庄司 敏明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報