中世ヨーロッパの宗教劇の一種。聖典劇ともいう。聖書のキリスト受難の物語を題材にしたもので、内容・形式ともに受難劇(パッション)と共通するところが多く、とくにドイツ語圏ではもっぱら受難劇がこれにあたる。従来は語源上の誤読から神秘劇と訳されていたが、近年ラテン語のミニステリウムministerium(聖務)に由来することが明らかになり、この訳語が定着した。物語の展開や上演様式は地方によってさまざまであるが、普通、各種の同業組合(ギルド)によって構成された俳優たちにより、町の広場に組まれた多くの並列舞台(マンション)で数日間にわたって上演された。とくにフランスでは大仕掛けなものが好まれ、なかには40日に及ぶものもあった。聖史劇は14~15世紀を頂点に各地で流行したが、16世紀になると同業組合の衰退や教会内部の対立などから姿を消し、次のルネサンス・バロック演劇に引き継がれた。
[大島 勉]
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…演劇の母体が祈禱(朗誦)や舞踊を伴った宗教的祭儀,つまりリズミカルな音声言語の語られる場にあったことを思えば,これは当然といえよう。ディオニュソス祭儀に由来するギリシア悲劇(ギリシア演劇)も,中世キリスト教会の神事の展開としての聖史劇,秘跡劇も,そして寺社に所属して祭礼のおりに芸を演じた猿楽師たちの後身である観阿弥,世阿弥の能も,すべて詩劇である。散文が演劇の主たる言語になるのは,西欧近代以後のことである。…
…古来,演劇は宗教,あるいは宗教的・祭儀的なものと密接に結びついており,古代ギリシア演劇はいうまでもなく,インドのサンスクリット古典劇(インド演劇)にせよ,あるいは日本の能にせよ,濃厚に宗教的・祭儀的色彩を帯びるものであったし,この内在的伝統は今日もなお何らかの形で生き続けていると考えることができるだろう。だが演劇史的にみて,そのような〈宗教性〉を帯びた演劇が最も直接的・典型的な形で隆盛となったのは,中世ヨーロッパにおけるさまざまなキリスト教劇(典礼劇,受難劇,聖史劇,神秘劇,奇跡劇など)の場合であり,今日,〈宗教劇〉という語が用いられる場合に,固有名詞的にこれらを総称していうのが普通である。 中世ヨーロッパにおけるキリスト教宗教劇は,概括していえば,イエス・キリストの生誕,受難,復活などのそれぞれの場面や,それら場面の連続,あるいはその生涯の全体,また,使徒や聖者の言行,さらには旧約聖書中の物語,エピソードなどを劇化したものであるが,それはもともと,10世紀初めころに,復活祭典礼の交誦(こうしよう)tropusから発生したといわれている。…
…
【中世――宗教劇と世俗劇】
中世フランスは,ヨーロッパの中でも,宗教劇・世俗劇ともに隆盛を見た地域だった。宗教劇は,10世紀にキリスト降誕祭と復活祭の典礼にラテン語による対話を加えた教会堂内での典礼劇に始まり,12世紀後半のフランス語のみによる準典礼劇(《アダンの劇》等)を経て,13世紀には北フランスのアラスに代表される新興商工業都市の,町民階級自身の知識人による風俗劇的要素の濃い劇作術を生み(《アラスのクルトア》,J.ボデル《聖ニコラ劇》,リュトブフ《テオフィルの奇跡劇》等),最後に,14世紀以降,16世紀中葉を絶頂とする〈聖史劇(ミステールmystère)〉に結実する。ゴシック時代の都市を挙げての一大祝典劇であるこれら大聖史劇は,受難信仰とともに〈受難劇(パッシヨンpassion)〉として,次いでパリを中心にした聖母信仰の隆盛とともに〈聖母奇跡劇miracle de Notre‐Dame〉として流行し,ともに専門の上演組合をもち,1402年には最初の常設劇場さえできた。…
…そして第3にギルドは宗教上の連帯の組織であった。イギリスの中世都市で,イースターやクリスマスの聖なる行事である聖史劇は,教会の行事としてではなく都市の行事として,ギルドによって上演されるのが常であり,各ギルドごとに劇の種類や幕の持分が決まっていたというような事実は,ギルドにおける職業生活と市民生活と宗教生活との重なり合いの一端をうかがわせるものである。 この時期,労働がつらくなかったわけではなく,また固有の身分秩序にもとづく徒弟労働の搾取など独特の問題がなかったわけでもない。…
※「聖史劇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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