職業教育カリキュラム(読み)しょくぎょうきょういくカリキュラム(英語表記)professional program

大学事典 「職業教育カリキュラム」の解説

職業教育カリキュラム
しょくぎょうきょういくカリキュラム
professional program

本項目での職業教育カリキュラムは,特定の職業に密着した学士課程および大学院課程のカリキュラムを指す。

理系の職業教育]

理系では,医学系,歯学系,薬剤師養成系および獣医学系の学士課程が6年制になっているが,いずれも国家試験を経て専門職につながる職業教育の課程である。それぞれについて4年制の大学院博士課程があり,一部に専門職大学院がある。学士課程との関係は単純な積上げ式ではなく,たとえば医学系などでは生理学,疫学,分子生物学など学術的要素が強くなるので,もはや職業教育とはいえなくなる。日本の大学の職業教育カリキュラムは,イギリスの大学で見られるように外部の専門職機関に直接監督されるようなことはないが,学協会や国家試験を通じて,大学の外にある特定の職業集団あるいは専門職組織の影響の下にある。

 職業的課程と対比されるものとして学術的課程があるが,日本の大学において純粋に学術的な分野(academic discipline)とみなされる課程は文学部理学部,芸術学部などむしろ少数派で,多くはカリキュラムの中に職業的要素を含んでいる。

 工学部は国立大学法人の中では最大の規模を持つ部局であるが,その起源は明治初期に創設された工部大学校にまで遡る。かつては職業教育に特化したカリキュラムを持っており,卒業生はほぼ特定の専門職に就くという意味で医学部と変わらない高度職業人養成学校だった。そこでのカリキュラムの特徴は,当時の日本に必要とされていた産業を興して維持するのに必要な科目をセットで持っていた点にある。その流れを引いた第2次世界大戦前の大学工学部では,土木,鉱山,機械,電気などの分野の学科が基幹学科とされ,それぞれ理論,材料,加工,システム,設計,管理などワンセットの授業科目を備えていた。しかし新しい産業が興るたびに増設を続けた結果,組織が肥大化して運営が難しくなったために,1980年代から90年代にかけて情報関連学部の独立を含む大規模なリストラが敢行された。

 その結果,表面物理,有機化学,材料科学のように専門分化した基礎学術カリキュラムを中心とする新しい学科群と,ワンセットの技術者教育カリキュラムを維持した学科の2系統に分かれた。現在の工学部は職業的要素と学術的要素の両方を併せ持っており,そのことが理学部との差別化をはかる拠り所ともなっている。1999年(平成11)に外部の認証機関として日本技術者教育認定機構(JABEE)が設立されたが,認証評価を受けている学科が工学系の一部にとどまっているのは上のような事情による。農学部などその他の応用的分野の学部も似たような状況にあり,学術的分野と職業的分野の乖離が進んでいる。薬学部系においてはこのような流れの帰結として,臨床にかかわる実践的な能力を培う課程を薬剤師養成課程として6年制にする一方,研究者・開発者の養成課程を維持するために,従来の4年制の学士課程とその上に積み上げる形の大学院課程をそのままの形で残した。

[専門職学位課程]

文系の学士課程では,教員養成系や社会福祉系などを除いて,実際の職業と密着したカリキュラムは多くはない。しかし近年,法科大学院,公共政策大学院,教職大学院など修士および博士の学位を与える専門職学位課程の新設により,文系の職業的大学院が急速に拡大している。法科大学院,教職大学院およびその他の専門職大学院を修了したものには,それぞれ法務博士(専門職),教職修士(専門職)および修士(専門職)の学位が授与される。

 専門職学位課程は,高度専門職業人の養成に特化した大学院の課程を作ろうという機運と,それとは別にかねてから存在していた司法制度改革のための法科大学院創設の流れが合流して実現したものである。制度創設の時から法曹,会計,ビジネス・MOT(Management of Technology,技術経営),公共政策,公衆衛生等の分野で開設が進み,実践的指導能力を備えた教員を養成する教職大学院がそれに続いた。法科大学院と会計の専門職大学院は,国家試験の合格を目指した実定法あるいは実務のカリキュラムを中心としている点で共通している。公共政策およびビジネス・MOTを中心とした高度専門職業人の養成を目指した大学院のカリキュラムは,おおむね基礎理論に関する科目と応用を目指した展開科目から構成されており,既存の学術的分野と新しい実践的分野との融合がはかられている。いずれの授業科目でもアクティブ・ラーニングの手法が採用されており,とくに展開科目ではケーススタディが中心となっている。

 専門職学位課程は2003年度の創設以来順調に発展を遂げ,13年度現在で専攻数は182を数え,大学基準協会や専門職機関による認証評価も進んでいる。しかし在学生数は2009~10年度の3万2000人台をピークに縮小傾向が見られ,志願者数も最近は大幅に減少している。法科大学院は2013年現在で専攻数73,入学定員4261人と専門職学位課程で最大の規模を誇るが,修了者の司法試験合格率の低さが志願者の減少を招く原因となっている。職業教育カリキュラムの問題というよりは,小泉政権時代の規制緩和政策によって需要を超える数の法科大学院を認可した上で「マーケット」による淘汰を想定した制度設計に問題があったといわれている。
著者: 小笠原正明

参考文献: 吉田文,橋本鉱市『航行をはじめた専門職大学院』東信堂,2010.

参考文献: 小笠原正明「ユニバーサル・アクセス時代の学士課程カリキュラム」,日本高等教育学会編『高等教育―改革の10年』シリーズ高等教育研究,玉川大学出版部,2003.

参考文献: 「年報 公共政策学」北海道大学公共政策大学院(2007年から年1回発行):http://www. hops. hokudai. ac. jp/publication/pbr_new. html

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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