胸痛・胸部圧迫感

内科学 第10版の解説

胸痛・胸部圧迫感(症候学)

概念
 胸痛(chest pain)や胸部圧迫感(chest oppression)は救急外来受診時のよくみられる症状である.その原因は致死的な心血管疾患から精神神経的なものまでさまざまなものがある(表2-30-1).最も重要なことは死亡に至る可能性の高い急性心筋梗塞,不安定狭心症,急性大動脈解離,肺血栓塞栓症など緊急度の高い疾患を見逃さないことである.診断の基本は病歴聴取,身体診察,心電図検査であるが,非典型例ではその診断は難しい.疑わしい場合は安易に帰宅させず,経時的な症状変化や検査データ変動を観察しながら,必要に応じて心エコー検査やCT撮影を実施する.
病態生理
 心臓移植などで交感神経切断を受けた患者では,明らかな心筋虚血があるにもかかわらず胸痛を自覚しないことから,心臓由来痛は交感神経系求心線維を介し,脊髄,延髄および視床下部を通じて大脳皮質により認知されると考えられている.この神経経路のどこか,たとえば糖尿病による自律神経系障害があれば,心筋虚血があっても明らかな胸痛を自覚しないことがある.また,心臓,大動脈,胸膜,食道を含めて多くの胸腔内臓器からの知覚線維は脊髄の同一分節に集まり,上位中枢神経系に到達するため,痛みの自覚部位で心臓由来痛と非心臓由来痛との区別は容易ではない.
鑑別診断
 まず鑑別診断に重要な点は,胸痛の性状,部位・範囲,持続時間,誘因について簡潔に問診することである.
1)性状:
心筋梗塞や狭心症では重苦しい,圧迫される,締めつけられる,焼けつく,絞られるなどの訴えが多い.
2)部位・範囲:
心筋梗塞・狭心症では胸骨下,左前胸部,心窩部に痛みを訴えることが多い,また,上肢や下顎への放散を伴うことがある.重篤な心臓血管疾患では痛みは手掌大以上の広範囲であることが多く,指尖程度の狭い範囲の場合は非心臓由来のことが多い.放散痛,冷汗,嘔吐などの症状が心筋梗塞らしい症状であり,乳房下の限局痛,動悸に伴う痛み,鋭い痛み,体動時の痛みはそれらしくない症状である.大動脈解離は前胸部のほかに背部の痛みを訴えることが多い.
3)持続時間:
典型的狭心症の胸痛は2〜10分くらいの持続である.不安定狭心症では安静時にも症状が出現し,10分以上持続することもある.労作と関係のない安静時,特に深夜・早朝時の数分間の症状は冠攣縮性狭心症を考える.
4)誘因:
狭心症は寒冷時,過食時,重いものを持つなどして急いで労作・歩行したときに症状が出現することが多い.吸気時に痛みが増す場合は心膜胸膜炎を疑う.体を捻ったり,伸展したときなどに発症した激烈な胸背部痛は急性大動脈解離を疑う.骨盤腔内手術後あるいは長時間安静後に発症した例は肺血栓塞栓症を考える.飲食中や嘔吐とともに突然発症する胸背部痛は特発性食道破裂も疑う必要がある. その他,胸痛や胸部圧迫感を訴える例の診察では既往歴の確認が重要である.心疾患のみならずそのリスク因子である糖尿病,高血圧,脂質異常症,喫煙の有無についてチェックする.心血管リスク因子の重積がある例や虚血性心疾患の既往がある例では心由来胸痛の否定は慎重であらねばならない.消化管潰瘍,胆石症,膵炎では心窩部から胸背部の痛みを訴えることがあるため,このような既往を有する例は腹部診察や腹部エコー検査が必要となることがある.さらに重要なことは,身体所見とバイタルサインの観察である.具体的には,冷汗,頻脈,呼吸促迫,顔面蒼白,低血圧あるいは極端な高血圧を示す胸背部痛患者は,致死的心血管疾患を有している可能性が高い.発症後間もない心筋梗塞急性期では心筋障害マーカーは異常値を示さないことがある.最近,高感度トロポニン検査の導入により早期検出が期待されているが,一般的には,経時的な観察と繰り返しの検査,あるいは心エコーでの左室壁運動異常の有無の確認が必要である.決して,発症まもない時期のワンポイントの血液検査で異常がみられないからとして帰宅させてはならない.心血管系の身体診察として上記のバイタルサイン以外に頸静脈怒張,血管雑音,過剰心音,心雑音,心膜摩擦音,ラ音にも注意をはらう.さらに,胸郭や腹部の圧痛,四肢の浮腫や発赤も重要な診察ポイントである.心電図検査や胸部X線写真は最も優先すべき検査であるが,受診時のみではなく以前に記録したものとの比較が診断に役立つことが多い.急性大動脈解離や肺血栓塞栓症の診断は胸部X線,心電図,血液検査のみでは確定診断は難しく,心エコー図検査のみならず造影CTや肺血流シンチが必要となる.[中村元行]
■文献
Amsterdam EA, Kirk JD, et al: Testing of low-risk patients presenting to the emergency department with chest pain: a scientific statement from the American Heart Associatiion. Circulation, 122: 1756-1776, 2010.
Eslick GD: Usefulness of chest pain character and location as diagnostic indicators of an acute coronary syndrome. Am J Cardiol, 95: 1228-1231, 2005.
Swap CJ, Nagurney JT: Value and limitations of chest pain history in the evaluation of patients with suspected acute coronary syndromes. JAMA, 294: 2623-2629, 2005.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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