最新 心理学事典 「能力心理学」の解説
のうりょくしんりがく
能力心理学
faculty psychology(英),Vermo¨genspsychologie(独)
【18世紀ドイツの能力心理学】 しかし能力心理学の創始者としては通常ドイツのウォルフWolff,C.(1734)が挙げられる。ライプニッツLeibniz,G.W.の弟子のウォルフは,心は一つの実体であるが,種々異なった心的過程を引き起こす可能性をもっており,その可能性を「能力」とよんだ。そして能力は経験によるものではなく,心の構造の中に備わっているものであるとする理性主義の立場を取った。彼は能力を「認識能力」と「欲求能力」とに二大別し,さらに前者を感覚能力,想像能力,保持能力,弁別能力などに,後者を快と不快に分けている。ウォルフの能力心理学は,テーテンスTetens,J.N.(1777)と18世紀末にはカントKant,I.に引き継がれたが,テーテンスは心的活動を受動的と能動的に分け,受動性を感情といい,能動性を内面的思考と外面的意志活動に分け,いわゆる知情意の三分法を唱えた。カントもまた彼の影響を受けて同じ三分法を採用している。しかしこのドイツの能力心理学は,科学的心理学をめざしたヘルバルトHerbart,J.F.(1824,1825)の批判によって1世紀ほどの短命に終わった。なおウォルフの能力心理学は,諸能力の座である大脳を包む頭蓋の形状から人の精神特性を知ろうとするガルGall,F.J.(1808)の骨相学phrenologyにも影響を与えた。
【18世紀スコットランドの能力心理学】 17世紀以来のイングランドの伝統であった経験論empiricismは,人間を感覚的経験によって受動的に形成されると考えるが,ヒュームHume,D.(1739)に至っては存在するのは感覚的印象のみで外界の実在さえ疑う極端な懐疑論に至った。これに反発して宗教心の強いスコットランドに18世紀後半に起こったのがスコットランド学派であった。この学派を代表するリードReid,T.(1785,1788)は,心理学は,外界の実在や人間の能動性などの疑いえない常識から出発するべきであるとする常識学派commonsense schoolの立場をとった。そして人は,たとえば記憶することを経験によって学習する必要はなく,それはあらかじめ心に備わっている積極的な力,すなわち記憶能力によるとする能力心理学を唱えた。リードはこのようにして心の能動的力として自己保存,飢え,模倣の本能,権力欲,自尊心,感謝,憐憫,義務などの24能力を,また知的能力として知覚,判断,記憶,概念,道徳的嗜好など合計31能力を挙げ,その考えは弟子のスチュアートStewart,D.(1828)に引き継がれた。常識学派の考えはその後,現実社会での行動に関心の高いアメリカ人に広く受け入れられ,大学生の道徳的能力を高めるため,宗教心の高いアメリカ人に教育するために用いられ,科学的心理学誕生以前のアメリカ心理学の主流となった。しかし20世紀の行動主義の時代以後は,能力心理学は人格心理学の特性論や知能の因子説にその名残をとどめるのみになった。
能力心理学の欠点はその説明の循環論にある。たとえば記憶の事実を記憶能力で説明したとしても,記憶能力を仮定する唯一の根拠は記憶という事実にしかないのであるから,これでは説明になっていない。つまりここでは単なる記述概念が説明概念になってしまっているのである。しかし記述と分類から始めるべき学問の第一歩として,能力心理学的な考えは心の常識的理解を助ける利点ももっている。
〔今田 寛〕
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