能登上布(読み)ノトジョウフ

デジタル大辞泉 「能登上布」の意味・読み・例文・類語

のと‐じょうふ〔‐ジヤウフ〕【能登上布】

能登縮のとちぢみ

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「能登上布」の意味・読み・例文・類語

のと‐じょうふ ‥ジャウフ【能登上布】

〘名〙 能登一帯に生産されていた麻織物。現在では石川県羽咋(はくい)市・鹿島郡中能登町中心に産する麻の縮織元祿一六八八‐一七〇四)頃、越後より伝わったという。現在はラミー糸が多く用いられる。能登縮。安部屋縮。
薪能(1964)〈立原正秋〉六「能登上布(ノトジョウフ)の麻の単衣

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「能登上布」の意味・わかりやすい解説

能登上布
のとじょうふ

能登縮(ちぢみ)または安倍屋(あべや)縮ともいわれ、能登地方一帯で生産されていた麻織物。現在では石川県鹿島(かしま)郡中能登(なかのと)町南部地域を中心に生産が続けられている。この北陸地方一帯は古くから麻の栽培が行われ、織物生産も一部に行われていたが、近世中ごろからとくに盛んになり、農家副業として生産されてきた。現今の上布は原料がほとんどラミーからなり、平と縮のものがつくられ、白絣(しろすり)、紺絣、縞(しま)、無地などに加工されている。絣糸の染め方に他地方と違う櫛押捺染(くしおしなっせん)の方法をとっているのが特徴である。現在、石川県無形文化財として技術保存されている。

[角山幸洋]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

デジタル大辞泉プラス 「能登上布」の解説

能登上布

石川県能登地方の伝統的な麻織物。能登縮とも。崇神天皇皇女当地に滞在した折に製法を伝えたとの伝承がある。元禄期には農家の女子の主要な副業となり、近江商人により販路も拡大した。現在は石川県羽咋市、中能登町で生産されている。製造技術は石川県指定無形文化財。「阿部屋縮」とも。

出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報

世界大百科事典(旧版)内の能登上布の言及

【鹿島[町]】より

…国道159号線(旧七尾街道)が山麓に沿って走り,帯状に集落が発達する。基幹産業は繊維工業と農業だが,かつて隣接の鹿西・鳥屋両町とともに農家の副業として〈能登上布〉の生産が盛んで,後に〈八台織屋〉と称する家内工業が成立,現在の繊維工業の基盤となる。邑知潟平野は能登地方随一の米作地帯で,山間部では杉,アテ(アスナロ)などの良材を産出する。…

【上布】より

…〈上布〉の語は,献上,上納された布の意との説もあるが,江戸時代には上布,中布,下布などの呼称があり,糸の細いものを上布と呼んだ。日本に自生,もしくは植栽する苧麻(ちよま)(カラムシ,ラミー)や大麻から採った苧(お)を,細かく精良に手績(てうみ)した糸を経緯に使い織り上げたもので,越後上布宮古上布,八重山上布,能登上布等が歴史も古く有名である。上布は総じて細い糸を使うため軽くて通気性に富み,汗をかいても肌にべとつかず,夏季衣料の最高のものとされる。…

【鹿西[町]】より

…北西部は眉丈山系の丘陵地,南東部は邑知(おうち)潟低地帯で,町域南辺を石動(いするぎ)山に発する長曾川が西流し,川沿いにJR七尾線が通じる。中心の能登部(のとべ)は,手織麻織物の〈能登上布〉発祥の地である。上布生産は農家の副業として始まり,元禄年間(1688‐1704)に問屋制家内工業に発展した。…

※「能登上布」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android