自己物語法(読み)じこものがたりほう(その他表記)self-narrative method

最新 心理学事典 「自己物語法」の解説

じこものがたりほう
自己物語法
self-narrative method

個人の自己のアイデンティティをとらえるために,自己について語ってもらうか,あるいは記述してもらう方法。自己物語法には,面接式,記述式,図示式があり,用途に応じて使い分けられている。個別に行なわれるのが面接式であり,集団で行なわれるのが記述式や図示式である。主として用いられるのは,面接式自己物語法である。これは,自伝的記憶をたどりつつ,幼児期から現在に至る人生の各時期の主なエピソードとそれが本人にとってもつ意味を語ってもらう半構造化面接である。とくに思い出されるエピソードや転機となったエピソードについて,それにまつわる当時の思いや現在の思い,その後の自分への影響も含めて,時間軸に沿うのを原則としつつも自由に語ってもらうものである。同様の内容を語る代わりに記述してもらうのが記述式自己物語法である。図示式自己物語法では,人生の各時期に対して本人が与える評価を基に人生の起伏グラフ縦軸が評価軸,横軸が時間軸)で示してもらい,記入後にグラフの起伏,すなわち上昇箇所や下降箇所(傾斜部分),上昇・下降の転換点(頂点や底)について,それぞれに関連するエピソードをグラフ内に簡潔に記入してもらう。図示を基に記述してもらったり,図示や記述を基に面接を行なうなど,複数の方法を組み合わせて実施する場合もある。

特性論から個性記述的方法へ】 自然科学をモデルとして心理学を確立しようとの動きの中で,人間の内面を切り捨てる行動主義心理学も,人間の内面を情報処理システムとして扱う認知心理学も,心の現象の豊かさを単純化し平板化してしまい,人間生活にとって最も重要な意味生成のプロセスを見失うことになった。認知心理学者ブルーナーBruner,J.S.(1990)は,意味という概念の位置に取って代わって計算可能性という概念が出現することで,多義性をもつものや比喩的で含みのある結びつきをもつものなどは扱うことができなくなったとし,意味の次元を扱うことの必要性を唱えている。自然科学をモデルとすることによって見失われてきた人間の心の意味生成過程を扱うには,個人が自分の生きている世界をどのように解釈するかを問題にすることが不可欠となる。そこでは,個人のパーソナリティの特徴をその構成要素である特性の羅列としてとらえるのではなく,個々の行動や人生の意味といった解釈された意味の次元においてとらえることが必要である。特性論trait theoryの提唱者として知られるオルポートAllport,G.W.(1961)さえも,個性記述的方法の重要性を認識しており,個々のパーソナリティ特性を有機的に結びつけて具体的な人物像を浮かび上がらせるには,日記や手紙などの個人的文書を活用することも必要であるとしている。

 「自分とは何か」との問いに対して,名前,所属,社会的地位,容姿・容貌,学業成績,対人関係能力,運動能力など,自己のさまざまな側面で答えることができる。しかし,こうした諸側面をいくら並べたところで,「ここにいる自分」「紛れもなくこの人生を生きている自分」というものをとらえることはできない。そのため物語形式で個性を表現する物語論narratologyによって,特性論を補う必要性がある。マクアダムスMcAdams,D.P.(2006)は,特性論的な心理学は,伝記的・社会的・歴史的な文脈において人間を全体として理解するための包括的な枠組みを提供することができなかったとし,ナラティブnarrativeの次元を導入してパーソナリティを3層構造でとらえるモデルを提唱している。そこでは,気質的特性を第1水準,特有の適応様式を第2水準とし,その上に第3水準として統合的ライフストーリーintegrative life storiesの次元をおいている。意味の次元の探究を重視するジョッセルソンJosselson,R.(2006)は,人びとの人生経験は過度に単純化された測定尺度や人工的な実験条件を基に中心傾向や統計的に有意な集団差を追究する試みの中で見失われてしまったと指摘し,ナラティブ・アプローチnarrative approachこそが人びとの人生を生きられているものとして観察し分析することを可能にするとしている。

【自己物語としてのアイデンティティ】 自己のアイデンティティは,一般に質問紙形式の尺度を用いて特性論的にとらえられる。それに対して,自己のアイデンティティは物語形式によって保たれるとみなす立場がある。自己のアイデンティティの基盤を物語に求めるマクアダムス(1988)は,われわれはストーリーを書きながらそのストーリーを生きるようになるという。さらにマクアダムス(1993)は,アイデンティティはライフストーリーlife storyであり,それは個人の人生に統一性と目的を提供する個人的神話personal mythであるとする。クロガーKroger,J.(2000)は,①ライフストーリーとは何なのか,②ライフストーリーにはどんな機能があるのか,③ライフストーリーは時間とともにどのような発達的変化を示すのか,④ライフストーリーにはどのような種類があるのか,⑤最適なライフストーリーを構成するものは何なのか,といった五つの点からライフストーリーを検討することが大切であるとしている。

 自己は物語形式を取り,自己のアイデンティティは物語として保持され,個々の出来事に意味づけを行ない,その有意味性によってそれらを取捨選択しつつ納得のいく流れのもとに配列していく自己物語self-narrativeとして抽出できる(榎本,1999)。サンダーソンSanderson,A.とマックゥMcKeough,A.(2005)は,自己物語が担う主要な目的は,自己定義的なものであり,語り手による現実理解や語り手の自己の多様性に関する本人自身や聞き手の理解を促すものであるとする。自己物語とは,自分の行動や自分の身に降りかかった出来事に首尾一貫した意味づけをし,諸経験の間に因果の連鎖を作ることで,現在の自己の成り立ちを説明する自分を主人公とした物語であり,自分がどのような人物であるかを指し示す自己定義的な物語である。

【自己物語法の実際】 個人が生きている自己物語の文脈を抽出する方法が自己物語法である。自己物語法では,次のような手順で過去のエピソードを振り返りつつ語ってもらうことになる(榎本,2008)。①今の自分自身,②今の自分にとって大事だと思うエピソード,③懐かしく思い出される人・モノ・出来事・場所,④最初の記憶など,⑤人生の各時期の想起される主なエピソード,そして最初の記憶から現在に至る各時期のエピソード,⑥転機turning pointとなったエピソード,⑦自分の人生史の中で,やり直したい,書き換えてしまいたいところについて語ってもらってから,再び⑧今の自分自身について思うところを語ってもらう。さらに,⑨将来の展望,⑩語り(記述の場合もある)の前後での自分自身に関する見方に生じた変化について語ってもらう。これを基本としつつ適宜変更を加えて,時間をおいて繰り返し語ってもらうこともある。得られた語りデータから自己物語の文脈を抽出する際には,想起されるエピソードを事実と意味づけの産物として理解し,出来事とそれに対する気持ちや意味づけを区別して整理する必要がある。そして,繰り返し現われる構図や基調として流れているテーマを読み取る。とくに,転機となったエピソードの現在における意味づけに注目することが大切である。 →アイデンティティ理論 →自己 →特性論
〔榎本 博明〕

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