改訂新版 世界大百科事典 「経量部」の意味・わかりやすい解説
経量部 (きょうりょうぶ)
インド部派仏教中の一部派。サンスクリットでは〈サウトラーンティカSautrāntika〉。説一切有部から最後に分派した。従来は分派史《異部宗輪論》の記述により前1世紀の成立と考えられていたが,現在の研究によれば,後1世紀ごろ有部内に生じた異端者グループ〈譬喩者〉(ダールシュターンティカDārṣṭāntika)の教義が,論師クマーララータKumāralātaを経てその弟子シュリーラータŚrīlātaに至り整備されまとめられて,4世紀ごろ経量部が成立したとみられている。しかしシュリーラータ以外にも多数の系統があったようである。彼らは,有部が経の主旨を逸脱した論蔵(アビダルマ)に依りすぎるとして,経蔵に依るべきことを主張し,〈経量〉部と自称したというが,詳細にみると必ずしもそうではない。
経量部の根本的主張は,有部の三世実有説に対する現在有体・過未無体(法は現在だけに存在し,過去未来には存在しない)説である。そしてこれに基づいて,有部のように心と心所(心理現象)を区別せず,心が時間的に前後して各心理現象が起こることを主張した。また三世実有説を成り立たしめる心不相応行法(生,住,異,滅など心に関係なく存在し,ある種の力を有する諸法)の実有を否定し,さらに物質(色(しき))についても有部の所造色(地,水,火,風の四大元素から造られ,しかも元素とは異なった物質)のいくつかの存在と,無表色(極端な善悪の行為をなしたとき,身体に命終わるまで存続する影響力。これを有部は物質と考えた)の存在を否定した。また無為法(諸行無常という時間的制約をうけない諸法)も実在しないとした。また経量部は精緻な認識論によって有部の矛盾を攻撃し,有部の識の作用をより広げ,実在しないものをも認識し得るとして無所縁の識の存在を主張した。そして種子(しゆじ)や旧随界(種子とほぼ同じ。シュリーラータが唱えた)の概念を用いて人間の行為とその結果とのつながりを考察した。
これらの主張は次代の大乗仏教の唯識派(瑜伽行派)の先駆思想と考えられており,《俱舎論》の作者世親もこの部派に共鳴したといわれている。経量部が確固とした僧院を組織していたことには疑問があり,むしろ有部の教義の矛盾を正す学派的存在であったと思われる。しかし後代の仏教外の人々からは,有部,中観派,瑜伽行派と共に仏教諸派の代表的存在とみなされた。
執筆者:加藤 純章
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報