内科学 第10版 「自然毒による食中毒」の解説
自然毒による食中毒(食中毒)
a.有毒魚介類
ⅰ)フグ毒
わが国におけるフグ食中毒は例年30~40件(患者数約50人)発生し,過去8年間で12人が死亡している(平成16~23年:死亡率3.4%).食用が認められていないフグはサザナミフグ,シッポウフグ,コンゴウフグ,ケショウフグ,ウミスズメ,スジモヨウフグ,タキフグ,ワモンフグ,ドクサバフグ,モトサバフグ,ホシフグ,キタマクラ,ムシフグ,コモンダマシ,フタツボシフグ,クマサカフグなどである.
フグ毒のテトロドトキシン(tetrodotoxin:TTX,C11H17O8N3)は肝臓や卵巣に多く分布し,フグの種類によっては皮,筋肉にも含まれる.TTXは加熱調理によっても分解しない.ヒトの致死量は2 mgといわれている.神経や筋細胞の膜表面にあるNaチャネルの活性化機構を選択的に阻害する.おもな症状は運動麻痺で,食後20分〜3時間で発現する.口唇,舌端,指先のしびれに始まり,頭痛,腹痛などを伴い,嘔吐,四肢の運動筋肉麻痺,知覚麻痺,言語障害,呼吸困難となり,血圧低下が起こる.意識は死の直前まで明瞭で,意識消失後,呼吸・心臓が停止し,死に至る.
摂取直後であれば催吐,胃洗浄が有効であるが,時間経過によっては誤嚥の原因となる.速やかな人工呼吸の実施,長時間の呼吸・循環管理により救命することがある.テトロドトキシンは巻貝のバイ,キンシバイ,ボウシュウボラからも検出され,中毒を引き起こす.
ⅱ)シガテラ
シガテラ毒魚による中毒例は多く,毒化魚としてはバラフエダイ,バラハタ,ドクウツボ,ドクカマス,サザナミハギ,アオブダイなどが知られており,主毒成分はシガトキシン(ciguatoxin:CTX,C59H84O19)で内臓に多く含まれ猛毒である.食後30分~24時間以内に発症し,下痢,嘔吐,腹痛に続き,知覚異常,徐脈,血圧低下がみられる.顕著に現れる症状として,ドライアイスセンセーション(普通の水が極端に冷たく感じたり,暖かいものが冷たく感じたりする)とよばれる知覚異常がある.神経系障害により,麻痺,痙攣,昏睡を呈し,死亡に至る場合がある.
ⅲ)貝毒
貝類の自然毒としては,有毒プランクトンから食物連鎖を経て二枚貝に蓄積される麻痺性貝毒(paralytic shellfish poison)や下痢性貝毒(diarrhetic shellfish poison)および巻貝類(軟体動物腹足類)の毒に分類される.麻痺性貝毒は渦鞭毛藻,藍藻類が産生し,マガキ,ホタテガイ,ムラサキイガイ,アサリなどに蓄積毒化したものをヒトが摂取し中毒を引き起こす.主毒素はサキシトキシン(saxitoxin:STX)で,致死量は約2 mgである.口唇,口内,舌,顔面,四肢のしびれ感,運動麻痺,頭痛,めまい,球麻痺などが起こり,発症後1~12時間で呼吸不全による死亡例がみられる.下痢性貝毒は,東日本を中心にホタテガイ,アサリ,ムラサキイガイによる食中毒の原因として同定された.オカダ酸(okadaic acid),ジノフィシストキシン(dinophysistoxin),ペクテノトキシン(pectenotoxin),イェッソトキシン(yessotoxin)などが同定されている.水様下痢,嘔吐,腹痛などが主症状であり,発熱はない.喫食から発症までの時間は短く,45分~7時間である.通常3日以内に回復し予後は良好で,重症・死亡例はない.
バイ(Babylonia japonica,ivory shell)は,エゾバイ科に属する肉食性小型巻貝で,ときに毒化し食中毒を起こす.喫食して3~18時間後に視力減退,瞳孔散大,口渇,腹部膨満,便秘,排尿困難,嘔吐など,視覚障害を特徴とするタイプ(沼津型)と,激しい腹痛,嘔吐,下痢,四肢の痙攣,意識障害,チアノーゼを呈するタイプ(寺泊型)が報告されている.
ⅳ)その他
イシナギ,メヌケなどの肝臓を多食すると,ビタミンA過剰症になり,腹痛,悪心,嘔吐,めまい,過敏症が発現した後,全身の皮膚の落屑がみられる.また近年,流通の発達とともに南方魚類を食べる機会が多くなったため,アオブダイによる中毒の報告が増加している.主毒素はパリトキシン(palytoxin)で,テトロドトキシンより毒性が強い.舌や全身のしびれ感,筋肉痛,筋力低下が起こり,不整脈,呼吸抑制,腎不全を呈することもある.
b.有毒植物・菌類
ⅰ)毒キノコ
わが国におけるキノコ中毒は,例年40~90件(患者数200人),10月をピークに秋季に集中して発生する(平成14~23年:死亡率0.6%).夏の気温が高く,その後の適度な降雨と朝晩の気温の低下がある年は特にキノコの生育がよく,キノコ中毒の発生数も多い.食用キノコと誤って摂取する中毒例の多いキノコには,クサウラベニタケ,ツキヨタケ,ニガクリタケ,カキシメジなどがある(表16-2-1).ドクツルタケ,タマゴテングタケなどのアマニタトキシンを含むキノコは中毒死亡例の80~90%を占める.主毒性成分はアマニチン(amanitin)とファロイジン(phalloidin)である.特にアマニチンは猛毒であり,耐熱性のため加熱・調理によっても毒性は損なわれない.
1)マジックマッシュルーム:
ワライタケ(Panaeolus papilionaceus),シビレタケ(Psilocybe venenata)など,幻覚(幻視,幻聴),精神錯乱,筋弛緩作用を現すキノコを通称,マジックマッシュルーム(幻覚キノコ)と総称する.幻覚成分はシロシビン(psilocybin),サイロシン(psilocin)であり,成分は麻薬として,キノコ本体は麻薬原料として麻薬および向精神薬取締法で規制されている.
2)スギヒラタケ(Pleurocybella porrigens, angel’s wing):
2004年秋,新潟・山形・秋田など日本海側地方を中心に急性脳症が多発した.多くの症例に共通するのは,中・高年齢者で腎機能障害を有し,スギヒラタケを喫食していること,9月末~10月初旬に限定して発生している点であった. 臨床症状は,ふらつき,全身倦怠感,歩行困難などの前駆症状の後,数日後,振戦様の不随意運動,ミオクローヌスが出現し,24時間以内に治療抵抗性の痙攣重責状態に陥っている.60人の脳症患者が報告され,腎疾患を合併した19人が死亡した. スギヒラタケは,キシメジ科スギヒラタケ属のキノコで,秋,スギの古い切り株に多数重なって発生する食用キノコである.現在,原因解明中であり,「可溶性,耐熱性の高分子毒性物質」である可能性が高い.腎疾患,腎機能障害患者にスギヒラタケを摂食しないように注意し予防することが重要である.
ⅱ)その他
山菜採りで,食用植物と間違って有毒植物を採取し中毒事故を起こし,死に至ることもある(表16-2-2).過去10年で死亡例が報告されている有毒植物には,トリカブト,イヌサフラン,グロリオサなどがある.発生数の多いものとしては,バイケイソウ,スイセン,チョウセンアサガオ,トリカブト,クワズイモ,コバイケイソウなどがある.
わが国では,バイケイソウ(Veratrum album),コバイケイソウを同じユリ科の食用山菜オオバギボウシと誤食した中毒例が多数報告されている.主毒性成分のベラトルムアルカロイド(veratrum alkaloid)は,通常,根,種子,葉から分離される.ヒトでの致死量は約20 mg(乾燥根1~2 g),経口摂取により消化管から容易に吸収され,調理などの加熱には安定である.興奮性細胞膜においてNaイオンの透過性を増すことにより,迷走神経,頸動脈洞,中枢神経,末梢神経,肺,心臓を直接刺激する.症状として,徐脈,血圧低下,嘔吐,下痢を呈し,重篤な場合は意識障害,呼吸抑制,不整脈,痙攣を起こす.症状は24時間程度持続するため,入院加療が必要である.
c.食材による中毒
ⅰ)ジャガイモ
ジャガイモの新芽や緑色の未熟な部分に含まれるソラニン(solanine)は,溶血,コリンエステラーゼ阻害作用があり,胃腸障害や中枢神経症状を引き起こす.多くは軽微な胃腸障害であるが,呼吸困難,精神錯乱,昏睡などの重篤な症状に至る例もあり,致死例もある.中毒症状は下痢,嘔吐,発熱,腹痛,めまい,発語障害,痙攣などである.通常のジャガイモには100 gに数mg~数十mgのソラニン類が含まれるといわれる.中毒量は200~400 mgである.調理の際,除芽,剥皮により,その約70%が除去され,加熱などにより約50%が減少する.ソラニンは高温や光暴露下での保存時に増加するため,収穫後できるだけ早く食用とし,低温・暗所での保存が必要である.
ⅱ)ギンナン
ギンナン中毒は,イチョウ(Ginkgo biloba)の種子の可食部分を過量摂取することにより起こる.強直性・間代性痙攣が必発症状で,嘔吐,意識障害を伴うことがある.小児が中毒量(10~30個)を炒って摂取した数時間後に痙攣を発症することが多く,致死例も存在する.患者の80%以上が10歳未満の小児であり,3歳未満が全体の60%を占める.原因物質はビタミンB6誘導体の4-O-メチルピリドキシン(methylpyridoxine:MPN)である.MPNはビタミンB6と化学構造が類似し本来の生理作用を拮抗する性質をもつことから,結果的にビタミンB6欠乏状態を引き起こし,特に中枢神経系の急性中毒症状を呈する.治療は抗痙攣薬(ベンゾジアゼピン系)の投与とビタミンB6製剤の併用が有効である.[福本真理子]
■文献
厚生労働省:過去の食中毒発生状況 (http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/04.html#4-2)厚生労働省:自然毒のリスクプロファイル (http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/)厚生省生活衛生局食品保健課編:全国食中毒事件録,日本食品衛生協会,東京,1974-1997.野口玉雄,他:特集:魚介類中毒,中毒研究,11: 339-366,1998.
和田啓爾:銀杏中毒,中毒研究,18: 11-16,2005.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報