自由を愛した文人、陶淵明

故事成語を知る辞典の解説

自由を愛した文人、陶淵明

漢詩は、中国が世界に誇る文学の華です。たとえば、「国破れて山河あり名句で戦乱による社会の荒廃を嘆いた、八世紀、唐王朝の時代の詩人、。彼と同じ時代の詩人で、「白髪三千丈というとんでもなく大胆な表現で知られるはく。さらには、この二人に遅れること数十年、絶世の美女、ようのことを「三千の寵愛一身に在りとうたったはくきょなどなど、日本人に愛された漢詩人も、数知れません。

■ただ、故事成語の世界でひときわ大きな輝きを放っている漢詩人はと言えば、それはとうえんめいではないかと思われます。

陶淵明は、姓は陶、正式な名をせんといい、淵明は通称です。とうしん王朝の時代の三六五年に、長江の中流域、現在のこう西せいきゅうこう市で生まれました。下級貴族の出身で、食べていくために何度か役人になりましたが、役所仕事が肌に合わず、そのたびに職を放り出しています。

■最後の就職は、数え年四一歳のとき。ある町の行政官になりましたが、この時も上官におもねることに嫌気が差し、在職わずか八〇余日で辞めてしまいました。その際、陶淵明が言い放ったことばからは、「五斗米に腰を折るという故事成語が生まれています。

■そのまま故郷へと帰った陶淵明は、そのときの解放感を、「帰りなんいざ、田園まさに蕪れんとすで始まる「帰去来の辞」という名文に書き残しています。

■以後の陶淵明は、故郷で自ら田畑を耕し、貧しいながらも心落ち着く生活を楽しみました。「菊を采る東籬の下、悠然として南山を見るとは、そのゆったりとした暮らしぶりから生まれた、名句中の名句。また、「桃花源の記」という物語では、時代の流れにわずらわされず、自然と一体となって人々が暮らしている理想郷を鮮やかに描き出し、後世の芸術に大きな影響を与えました。「桃源とは、この物語から生まれた故事成語です。

■陶淵明の文学は偉大ですが、本人自身は、何ごとにも強いこだわりを持たないことを信条としていました。その姿勢は、「書を読むを好めども、甚だしくは解せんことを求めずということばにも、よく現れています。そのような余裕のある生き方が、後世の人々から敬慕された結果、多くの故事成語として伝えられているのでしょう。

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